内山信二の子役時代のしくじり先生で明かされた衝撃の内容とは!?

画像①ふくよかな体型を売りにする、通称「デブタレ」というジャンルで人気を博している内山信二さん。

内山さんの名前を聞くと、子役時代の無邪気な姿を想像する方とお笑いタレントとして笑いを提供している姿を想像する方がいるかもしれませんね。

しかし、そんな内山さんは子役時代にスターとして驚きの生活をしていたそうなのです。

また、高校を中退にまで追い込まれた暗黒時代の衝撃の真実とは!?

いろいろ気になったので調べてみました!

スポンサーリンク

プロフィール

名前:内山 信二(うちやま しんじ)
生年月日:1981年9月25日(34歳)
出身:東京都
身長:174㎝
血液型:O型
所属事務所:石井光三オフィス

1987年:フジテレビ系バラエティ番組「あっぱれさんま大先生」に生徒役で出演。同番組のレポーターとしても活躍し、7年4か月の長期間に渡り、レギュラーとして活躍した。
2001年:「あっぱれさんま大先生」を卒業。
2002年:ドラマ「ごくせん」に出演。
2006年:実兄と訪問介護サービス「まごのて株式会社内山企画」を経営するものの、3年後に廃業。

内山信二の子役時代のしくじり先生で明かされた衝撃の内容とは!?

「デブタレ四天王」として多くのグルメ番組に出演し、人気を博している内山信二さん。

そんな人の良さそうな笑顔が魅力の内山さんですが、実は子役時代にはあまりの傍若無人ぶりに大半の芸能関係者から一時期避けられていたようなのです。

どうやら、11月に放送されたテレビ朝日系バラエティ番組「しくじり先生 俺みたいになるな‼」に出演した際に、内山さんの衝撃の子役時代が明らかになっていたようですね。

画像②

なんでも、フジテレビ系バラエティ番組「あっぱれさんま大先生」への出演をきっかけに、内山さんは大人気子役として様々なテレビ番組・CMへ引っ張りだこだったそうです。

聞くところによると、数多くのCMやテレビ番組への出演により子役時代の最高月収が3000万円で、年収は1億円を優に超えていたとのこと。

このように、子どもが受け取るにはあまりにも大きな金額を現金で手渡しで受け取っていた内山さんですが、そのお金の使い方が小学生とは思えないほどに豪快だったようですね。

なんでも、1年で250回、つまり週に5日は高級焼肉店に通い、それ以外の日には浅草の高級すき焼き店で食事をとるという生活を送っていたのだそうです。

そして、常識では考えられないほどの食生活をしていた小学生時代の内山さんの口癖は

「金ならあるし」

というとんでもないものでした。

また、内山さんの子役時代の逸話に、他にもこのような話があります。

実は、小学校1年生の時に駄菓子屋で、内山さんはお菓子の「棚買い」を頻繁に行っており、クラスメイトの女の子には

「この一万円で好きなだけお菓子買っていいよ」

と、お菓子をおごることで、多くの女の子からちやほやされていたとのこと。

そして、すでに崩壊していた金銭感覚と同時に、どんな女性でもお金にはつられるものと感じるようになり、異性の見方さえもおかしくなってしまったと語っていました。

また、順調に小学校3年生へと進級し、子役としての黄金時代を歩む内山さんですが、公園で鬼ごっこをして遊んでいるときに、テレビ局から支給されるチケットを使って、タクシーで逃げるという想像もつかない行動をとったそうなのです。

そのため、必死に逃げる楽しさや、捕まってから鬼として友達を追いかける楽しさを実感できなかった内山さんは、この遊びの意味を見出すことができず

「これの何が楽しいの?」

と思ったのだそうです。

しかし、そんな内山さんにも中学校時代に彼女ができたそうです。

なんでも、ついにできた初めての彼女とのデートスケジュールは、テレビ局のプロデューサーを真似したとんでもない内容で、デート後に彼女から

「普通のことがしたい」

と振られてしまうほどのものだったそうですね。

そして、番組内で内山さんが紹介したデートスケジュールは、以下のような内容でした。

・タクシーで彼女をお出迎え

・1人1万円する小料理屋で昼食

・高級ブランド品などをデパートでショッピング

・銀座の寿司屋にて夕食

さらに驚くべきことに、デートの最後はサプライズで20万円もするシャネルのバッグをプレゼントしたのだそうです。

とても中学生のデートとは思えないような内容ですよね。

もしかしたら、小さいころからあまりにも多くの大金を手にしてしまったことで、普通の子どもがする体験や学びを逃したまま、子どもとして成長する機会を奪われてしまったのかもしれません。

スポンサーリンク

内山信二が高校中退をした暗黒時代の衝撃の事実とは!?

豪快な子ども時代を過ごしていた内山信二さんは、今でも後悔していることの一つにマネージャーやテレビ局のスタッフへ行ったイタズラや嫌がらせをあげていました。

・マネージャーに夏休みの宿題などのめんどくさい事はすべてやらせる。

・ADをエアガンで打ったり、竹刀をグリグリと押し付ける。

・ADが脱いだ靴の中に瞬間接着剤を入れる。

そして、このようなイタズラを繰り返していても怒られなかった理由について、内山さんは人を選んでやっていたからだと語っていたようですね。

なんでも、内山さんはいたずらを仕掛ける基準を設けていたそうで、明石家さんまさんやテレビ局のプロデューサーなどの権力のある人、靴が綺麗なADにはこのような悪さをしないと決めていたそうなのです。

なぜなら、権力のある人にはもちろんですが、靴が綺麗なADに悪さをしなかった理由は、靴が綺麗な人は確実に出世をすると信じていたからとのこと。

一見、とんでもない事を言っているようですが、靴を綺麗にしている人が出世するという着眼点は、ビジネスの観点でも多くの人から言われていることだそうで、内山さんは小学生にして鋭い視点を持っていたようですね。

しかし、そんな人気絶頂の内山さんも、10歳をピークに子役としての仕事が激減していきます。

そして、ついにほとんどの仕事を失った内山さんは、今までの行動のつけを払わされたかのように、友達を失い、高校も中退してしまいました。

なんでも、子役時代の姿から

「あの頃は可愛かったのに」

という心無い言葉に恐怖を感じ、ついに引きこもりになってしまったのだそうです。

また、引きこもりになってから、内山さんは髪の毛を金色や銀色に染め、夜中にはコンビニの前でたむろを繰り返し、警察の厄介になることもしばしばだったとのこと。

しかし、すぐにこのままではいけないと改心し、アルバイトを始めたのだそうです。

そして、内山さんはアルバイトを通して、お金を稼ぐことの大変さや重みを実感し、ついに通常の金銭感覚を取り戻しました。

まさに、内山さんの失われた子ども時代が一部帰ってきた瞬間だったのかもしれませんね。

画像③

「しくじり先生」の中で、内山さんはお金を稼いだ金額よりもその方法をしっかりと知ることが大切だと話していました。

これは、子役時代と暗黒時代を過ごした内山さんだからこそ語ることができる言葉のように思えますね。

そんな内山さんですが、幼少時代には忙しさからあまり一緒にいられなかった母親と、今はともに過ごすことができて幸せだと話していました。

もしかすると、最後の最後まで一緒にいてくれる人が一番大切だということを、伝えたかったのかもしれませんね。

そんな破天荒な子役時代を経験し、つらい過去から脱却したデブタレ、内山信二さんの今後の活躍から目が離せませんね!

スポンサーリンク

続けて読むならコチラの記事がオススメ!!

・石塚英彦の性格が怖いと言われる衝撃の理由とタトゥーがヤバイ!?

・彦摩呂の病気に隠された体重とリバウンド絡みの衝撃の真相とは!?

・彦摩呂が昔アイドルだった若いときのエピソードがヤバ過ぎる!?

このページの先頭へ