江角マキコの事務所の独立に隠された衝撃の真相とは!?夫と結婚するまでの過程がヤバイ!?

thumbnailお茶の間から消えかけている、かつて強気女優として大人気を誇っていた江角マキコさん。

そんな江角マキコさんが元の事務所・音研から独立することになった、その真相に繋がるかもしれない衝撃の、もうひとつの秘められた噂が見つかりました。

また、今の「良妻賢母」なイメージからは想像できない、江角マキコさんの昔の男性遍歴とは!?

今回もいろいろ気になったので調べてみました!

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プロフィール

名前:江角 マキコ(えすみ まきこ)
生年月日:1966年12月18日(49歳)
出身:島根県出雲市
身長:170 cm
血液型:AB型
事務所:インクワイヤー

1985年:旧・日本たばこ産業女子バレーボールチームの選手として活躍。
1994年:モデルとして矢沢永吉のアルバム「the Name Is…」のジャケット写真に登場。
1995年:「幻の光」で初映画出演、「輝け隣太郎」(TBSテレビ)で初ドラマ出演を果たしてこの年、女優としてデビューする。
1997年:「月の輝く夜だから」(フジテレビ)でドラマ初主演。
2000年:テレビ放送関係者の平野眞と再婚(初婚は1996年、桐嶋ローランド。9か月後に離婚)
2001年:「ピストルオペラ」で映画初主演。
2005年:長女を出産。
2009年:長男を出産。
2014年:研音より独立。

江角マキコの事務所の独立に隠された衝撃の真相とは!?

フジテレビのドラマ「ショムニ」で大ブレイクをした女優の江角マキコさんですが、ここ数年は女優らしい仕事もなく、もっぱらバラエティ番組での露出が多くなっていましたよね。

そのバラエティ番組も、今ではついに「私の何がイケないの?」(TBSテレビ)のレギュラーのみとなり、まさに風前の灯火かと言われているようです。

それにしても、どうしてここまで江角さんの仕事が激減してしまったのでしょうか。

ここに至るまでには、長嶋一茂さん宅の落書き事件や一連のママ友イジメ報道などで、一番支持層が厚かった同世代の女性ファンが離れていくという手痛い状況が続いてきました。

その発端となっているように見えるのが、2014年3月の江角マキコさんの元事務所である研音からの独立が、大きく影を落としているように感じてしまうのです。

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一般的に芸能事務所と所属タレントの関係というのは、同じ釜の飯を食う「家族」に近いものと捉えられていますよね。

ただし、その釜の飯を調達してくるのがタレントの仕事になるわけですが。

その代り、芸能事務所はタレントの売り込みやスケジュールの調整などなど、公私に渡りタレントをフルカバーでサポートする、まさに持ちつ持たれつの関係だと言えるでしょう。

また、一般人と芸能人の違いは、芸能事務所に所属しているかどうかにあるようです。

たとえば、もしも何かのオーディションを受けようとするとき、必ずその人はどこかの事務所に入っているか、または有力関係者の紹介状のようなものがなければ、受け付けて貰えないのだそうです。

まったくの無名の人が、何かをきっかけに一躍時の人となることが稀にありますが、そんな時にもその途中で「事務所」を個人で設立するか、どこかの事務所に入ることで、ギャラの交渉や税金対策をスムーズに行えるようになるのだと聞きました。

つまり、芸能事務所というのはタレントにとっては、大きなよりどころとなる存在なのでしょう。

その代わり、事務所はタレントのギャラの何割かを徴収して、その運営や新人タレントの育成に充てるシステムとなっているようです。

そして、実はこのギャラの配分への不満が、江角マキコさんが研音を独立する原因のひとつだったとも言われていました。

このギャラの配分は、事務所によってそれぞれ違う分配率になっているそうで、一概に「これくらい」とは言えないほど、幅のある数字になるようです。

それでも、あえて「一般的には」と言われている数字を出すならば、事務所6割でタレント4割というものがあるのですが、その中でもどうも研音は8対2に近い比率だと言われ、ブレイクして人気が定着してきたタレントには、少々厳しい数字だと噂されていますよね。

しかも、江角さんが研音と揉めたであろうと噂されている「取り分」については、もうひとつ別の理由があるのだという見方もありました。

それは2006年5月に、35歳の若さで癌で亡くなった実弟の家族の面倒を、江角マキコさんが見ているというものです。

もしもそれが事実ならば、いくら江角さんの夫がそこそこの収入がある人だとしても、そちらに頼るわけにはいかないのかもしれませんよね。

しかし、その亡くなった弟さんのご家族の実態までは調査できませんでした。

けれど、言われてみるとたしかに弟さんが亡くなった2006年から、江角マキコさんは次々とバラエティ番組へ出演し始めているんですよね。

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本来であれば女優業のみに専念したいのではないかと想像してしまうのですが、バラエティ番組を中心に活躍の場を広げた理由は、江角さん自身にしか分からない何かがあったことは確かでしょう。

それなのにも関わらず、おそらく研音とのギャラの分配交渉が江角さんの望む比率に及ばず、まさに決裂した結果での事務所独立となったのが、事の真相だとする見方が有力となっています。

元事務所の研音を独立した理由がお金の問題だとして、江角マキコさんが収入にこだわらなければいけない原因が、もしも亡き弟さんのご家族のためだとしたら、これは胸が痛む衝撃の真相になりますよね。

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江角マキコが今の夫と結婚するまでの過程がヤバイ!?

江角マキコさんが既婚者で、すでに2児の母であることはご存知の人も多いところでしょう。

その、現在の夫であるフジテレビのドラマ演出家で監督でもある平野眞さんと結婚したのが、2003年でした。

2人の出会いは、平野眞さんが手掛け、江角さんの代表作とも言われているドラマ「ショムニ」を通してだったそうです。

しかし、それ以前に江角さんには離婚歴がありました。

初婚のお相手は、作家の桐島洋子さんの息子でモデル経験もあるイケメン・ハーフの桐島ローランドさん。

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けれども、1996年の2月に入籍するもその年の暮れには、早々と離婚をして世間を驚かせています。

江角さんとローランドさんの離婚の原因は、桐島家が旧・三菱財閥に連なる名家であったことから、ローランドさんの母の洋子さんが、江角さんが「財産目的で息子に近付いてきた女性」という見方を変えることがなかったためと噂されていました。

また、江角さんがローランドさんより2歳年上というのも、洋子さんは気に入らなかったらしいという声もありましたが、現代ではその程度の年齢差でとやかく言う意見はなくなりましたよね。

そして江角さんはローランドさんと離婚後、「恋多き女性」の1人になっていくのです。

1997年:俳優でサックスプレーヤーでもある武田真治さん(江角さん、認める)

2001年:エレファントカシマシの宮本浩次さん(フライデー写真あり)

2002年:歌舞伎役者の尾上菊之助さん(結婚直前まで行くが破局)

2003年:現在の夫・平野眞さんと結婚、2児をもうける

また、年代が定かではありませんが、江角さんがモデル時代には大沢たかおさんと同棲していたこともあったという噂もありました。

それにしても、偶然かもしれませんが、江角さんが心を寄せる男性は業界内でもステータスが確立されていて、将来性が見込めるお相手ばかりなように見受けられますよね。

まさかとは思いますが、江角マキコさんという人は実生活でもブランド志向の高い、強い野心家なのでしょうか。

現在の夫・平野眞さんと結婚するまでの男性遍歴を見ると、ふとそんなヤバイことを連想させられてしまいました。

もしもその想像が当たっているとしたならば、今の江角さんを取り巻く状況は、非常に屈辱的に感じているのではないでしょうか。

2016年、この年をどのような強気で乗り切るのか、芸能人としての運の強さも試される1年となる予感がして、ますます江角マキコさんからは目が離せそうにありませんね!

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