石坂浩二が鑑定団でしゃべらない衝撃の理由がついに明らかに!?

thumbnail石坂浩二さんといえば、博識で教養も高く俳優さんとしてだけでなく、ナレーターや司会などの広いジャンルで活躍されている大物芸能人ですよね。

そんな石坂浩二さんの代表番組のひとつでもある、「開運!なんでも鑑定団」(東京テレビ)で、どうやら不穏な動きが長きにわたり続いていたという噂がありました。

また、スポニチによれば、なんと石坂浩二さんは「鑑定団」を降板するのだとか。

一体何がどうなっているのか、いろいろ気になったので調べてみました!

スポンサーリンク

プロフィール

名前:石坂 浩二(いしざか こうじ)
生年月日:1941年6月20日(74歳)
出身:東京
身長:177 cm
血液型:O型
事務所:プロダクション尾木

1958年:「お源のたましい」でエキストラとしてドラマ出演。
1965年:「おゝい、雲!」で映画初出演。
1067年:劇団四季へ入団、演出部に所属。
1969年:「日も月も」で、映画初主演を果たす。
1971年:浅丘ルリ子と結婚
2000年:浅丘ルリ子と離婚
2001年:一般女性と再婚

石坂浩二が鑑定団でしゃべらない衝撃の理由がついに明らかに!?

「石坂浩二、『開運!なんでも鑑定団』(東京テレビ)ついに降板か!?」そんなニュースが今、ネット上を駆け巡っていますよね。

というのも、石坂浩二さんは、番組がスタートしたときからのメインMCでもあり、様々な文化や古美術に対しても造詣が深く、まさに「なんでも鑑定団」という番組にとっては、2人といない「顔」だったはず・・・それがどうして?

no1

調べてみるといろいろな噂が流れているようですが、スポニチでは「酒席での口論」が全ての始まりではないかと見ているようです。

なんでも、数年前のこと、番組関係者と複数人でお酒を飲んでいたところ、「鑑定団」のチーフプロデューサー(当時はまだ、プロヂューサー)と別の1人がケンカ腰になった際、その場にいた石坂さんが仲裁に入るも、今度はチーフプロデューサー対石坂さんの口論となってしまったのだそうです。

そして、それ以来、収録現場でも石坂浩二さんと番組スタッフの間に溝ができてしまったという感じなんですよね。

実際、それを証明するかのように、「なんでも鑑定団」では石坂浩二さんは、ほとんどと言っていいくらい喋っていないし、時には顔や姿さえ画面に入っていない映像が流されていると言うのです。

調べてみると、その不自然な状況は2年ほども前から続いていた模様。

それにしても、番組の制作サイドとの関係がしっくりいっていないからと言って、MCなのに喋らないというのはいかがなものだろうと早合点していたら、こんな情報がありました。

「なんでも鑑定団」のスタジオ見学に入ったことのある一般視聴者のコメントには、「収録中、石坂浩二さんは今田さんや鑑定士さんたちと普通に会話をしてる」というのです。

ということは、編集時に石坂さんのコメントや映像部分だけをカットしていたと考えていいのではないでしょうか。

たしかに公共の電波に乗せて放送するのに不都合な発言や映像は、制作側の配慮としてカットされて当然ではありますが、噂に上るほど不自然に石坂さんだけをカットし続けてきたのには、配慮というより意図的なものを感じてしまいました。

そして今回のスポニチの「石坂浩二、番組を降板」報道が出たことと繋げて考えると、

「公共の電波を使ったパワハラだ」

「番組内のイジメを東京テレビは黙認してたんだね」

「古い物に価値を見出すっていう番組の主旨に対して逆走決定」

というような、ネットユーザーからの意見が多く出回っていました。

つまり、「開運!なんでも鑑定団」で、MCの石坂浩二さんが喋らなかった理由は、「喋らない」ではなく、「喋っているのにカットされていた」ということになるでしょう。

しかも、その理由とされているのが、数年前にさかのぼる酒席での口論だと見られているのだから、それが本当ならなんとも大人げないように思えてしまいました。

今回の石坂浩二さんの番組降板に対して、脳科学者の茂木健一郎さんは自身のブログやTwitterでコメントをしていました。

no2

(以下引用)
『個人的には、石坂さんがもう出られなくなるのは、残念に思います。

~中略~

キャスティングが専門的な仕事として明確に評価されるようになると、今回のような事態の時に、その当否を冷静に判断できる風土ができてくるように思います。』
(引用元:http://lineblog.me/mogikenichiro/archives/1140256.html)

このように、キャスティングを専門職として扱う土壌を日本でも確立して行けば、もっといい作品作りに生かせるのではないかという提案をしているように感じました。

と、同時に、今回の石坂さん降板の背景にあるのが、個人的な感情だったとしても、それとは無関係な視聴者を巻き込むことなく、公私を分けて気持ちよく番組は続いて行けた可能性を指摘しているように見えなくもありません。

いずれにしても、20数年に及ぶ長寿番組の「顔」が、様々な憶測を呼ぶような形で去ってしまうのは、とても残念な気がしました。

スポンサーリンク

石坂浩二がなんでも鑑定団にもつ愛着がスゴ過ぎる!?

「開運!なんでも鑑定団」は、1994年4月から東京テレビ系列で放送開始となった鑑定バラエティ番組です。

今年で23年目を迎えることになる「鑑定団」は、「アド街ック天国」と並んで、テレビ東京での最長寿バラエティ番組として双璧を並べていますよね。

そんな22年の間には、いろいろな出来事があった模様です。

まず「なんでも鑑定団」が誕生したきっかけは、1993年に「実験的なテレビ番組企画」のひとつとして、テレビ東京の目に留まった、いわば企画会社の持ち込み番組だったそうです。

その際に、上岡龍太郎さんか島田紳助さんのどちらかをMCに立てることを条件として、企画がオークションにかけられ競り落とされたという経緯があると言われていました。

そのためか、こんなエピソードを語る関係者のコメントがあります。

(以下引用)
『番組開始当初、あまりに低予算しか与えられず、女性アシスタントの履く靴はひどいものでした。

これを見かねた石坂さんが、全員のサイズを聞いてポケットマネーから靴を特注して作り、配ったんです。

スタッフ含め、みんな感激していました。」
(引用元:http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160126-00010003-jisin-ent)

なるほど、創設時からのMCを務める石坂さんにとっては、「鑑定団」は自分も一緒に育てた番組と感じられて、その想いも深いものがあるような気がしますよね。

また、当初は島田紳助さんと石坂浩二さんの「陰と陽」「知性と本能」のような、真逆のスタンスでのトークによるキャッチボールが見せ所でもあったようです。

no3

さらにこんなアクシデントにも、「鑑定団」は過去に見舞われていました。

2002年に石坂浩二さんが直腸がんの手術で、約2か月間番組をお休みした時には、島田紳助さんが1人でMCを務め乗り切りました。

その時の紳助さんの気持ちには、「絶対に(石坂さんに)帰ってきて欲しい」という強い願いがあったと言われています。

もうひとつは、島田紳助さんが2004年に起こした傷害事件での謹慎中の措置として、番組自体が一時休止となったり、地方局では差し替え放送を行ったりと様々な処置が取られ、一時的に現MCの今田耕司さんが島田紳助さんの代役に立ったこともありました。

そして2011年、島田紳助さんが芸能界を引退すると共に、MCが今田耕司さんに代わり、石坂さんとの新しいコンビネーションのカラーが定着しきれないのではないかとの、一部の意見もあるようです。

また、一方では、この番組のあり方そのものを「美術品に金銭的価値をつけることを、パフォーマンスとしている」という、古美術愛好家の声も出ているようです。

それでも、石坂浩二さんという重鎮が番組を支えてきたことは、まぎれもない事実だと思えます。

その重鎮を切り捨てるかのような今回の降板劇は、今後「なんでも鑑定団」の行く末にとってどのような影響がでてくるのか、非常に気になるところとなるでしょう。

はたして今田耕司さんは、石坂さんがいなくなってもこの長寿番組を引っ張っていけるのでしょうか。

これからの「開運!なんでも鑑定団」と、石坂浩二さん、そして今田耕司さんからもますます目が離せなくなりました!

スポンサーリンク

このページの先頭へ