古田敦也と野村克也の確執の真相がヤバイ!?選手時代の驚きの年俸や成績とは!?

2016-12-23_183749ヤクルトスワローズのキャッチャーとして大活躍していたのが古田敦也さんですよね。

古田さんは、日本一のキャッチャーとも言われていました。

そんな古田さんなのですが、野村克也さんとの確執が話題になっているそうです。

さらに、古田さんの選手時代の年棒や成績にも注目が集まっているのだとか。

そこで、ちょっと気になったので調べてみました。

スポンサーリンク

プロフィール

名前:古田 敦也(ふるた あつや)
本名:古田 敦也(ふるた あつや)
生年月日:1965年8月6日(51歳)
出身地:兵庫県
身長:180cm
血液型:B型
所属:エーポイント

・1989年:ヤクルトスワローズにドラフト2位で入団する。
・1990年:プロ初出場。
・1991年:初のオールスターゲームに出場する。
・1993年:ヤクルトスワローズが日本シリーズで優勝する。
・1995年:中井美穂と結婚する。
・2006年:選手権監督として活動する。
・2007年:野球選手を引退する。

古田敦也と野村克也の確執の真相がヤバイ!?

90年代を代表する名キャッチャーと言われているのが古田敦也さんですよね。

2016-12-23_183955

古田さんのキャッチャーとしての姿は、野球界でも人気実力共にトップクラスでした。

そんな古田さんなのですが、野村克也さんとの確執が話題になっているそうです。

では、古田さんと野村さんの確執の真相とは、一体、どのようなものなのでしょうか。

そこで調べてみると、古田さんは1989年からヤクルトスワローズで活躍しているのですが、その時の監督が野村さんでした。

2016-12-23_184102

そして、野村さんもかつてキャッチャーとして大活躍していたことから、二人は師弟関係となり、リーグ優勝や日本一になるなど大活躍をしていました。

ID野球とも言われた智将・野村さんの采配を古田さんがキャッチャーとして直に学習し、それを見事に試合に反映させていたのですが、当時のヤクルトは3度も日本シリーズを制しています。

2016-12-23_184416

なので、グラウンドの古田さんは野村さんの監督代理とも言われていて、当時、読売ジャイアンツで監督をしていた長嶋茂雄さんは

「ヤクルト戦は古田のリードとの戦いだ。相手はヤクルト投手陣ではない。」

とまで語っていたことがあるそうです。

2016-12-23_184254

なので、古田さんは野村さんの代理としてフィールドに立ち、キャッチャーとして野村さんから様々なことを教わっていたそうなのですが、かつてはそのように選手と監督を越えた師弟と言われていた二人も次第に距離が出てきてしまったのだとか。

やはり、選手として成長をして90年代後半には球界でもトップクラスのキャッチャーと言われていた古田さんは、いつしか野村さんとは合わないところも出てきてしまったようです。

また、当時の古田さんは、キャッチャーとしてすでに野村さんの現役時代を超えていたとも言われていたのだとか。

2016-12-23_184205

しかし、野村さんはいつまでもそんな古田さんをルーキー時代と同じ扱いをしていて、そうしたことから二人に確執が生まれるようになったのだとか。

スポンサーリンク


野村さんからすると、弟子とも言える古田さんが自分を超えるキャッチャーになったとは認めたくなかったとも言われているそうなのですが、そうしたことがあったためか、野村さんが監督を辞めてからは、

「古田も偉くなったもんやな。わしがヤクルトの監督を辞めたら年賀状もよこさん。」

などと愚痴ることも多く、古田さんをバッシングすることもあったそうです。

ただ、この古田さんと野村さんの確執については、野村さんの夫人の野村沙知代さんが古田さんの私生活にも口を出すようになったことから生まれたとも言われているのだとか。

2016-12-23_184524

なので、野村さん自身との関係はもちろん、沙知代夫人の影響もあって二人の関係がこじれてしまったようなのですが、古田さんと野村さんの確執の真相がヤバイですよね。

現在もあまり仲が良くないと言われている二人なのですが、同じ野球人ということでいつかその確執がなくなることもあるかもしれませんね。

スポンサーリンク

古田敦也の選手時代の驚きの年俸や成績とは!?

古田敦也さんは、野球選手として一流の選手でしたよね。

2016-12-23_184622

今でもキャッチャーと言えば古田さんの姿を思い浮かべるという人もいるほどなのですが、そんな古田さんの選手時代の年棒や成績に注目が集まっているそうです。

では、古田さんの選手時代の年棒や成績とは、一体、どのようなものなのでしょうか。

そこで調べてみると、古田さんの選手時代の年棒と成績は、

1989年のドラフト2位でヤクルトスワローズに入団した時が4300万円となっていて、

翌年の1990年は打率.250、本塁打3本、50打点で700万円、

1991年は打率.340、本塁打30本、50打点で1920万円

1992年は打率.316、本塁打30本、86打点で6000万円

となっています。

そして、1993年からは打率.308、本塁打17本、75打点で1億2000万円となり、一億円の大台を超えるようになりました。

さらに、その後は年を重ねる毎に1億8000万円と1億6800万円を行き来していたのだとか。

ただ、1997年には打率.322、本塁打9本、86打点でさらに年棒が上がって2億円の年棒となり、2003年までそれが続いています。

2016-12-23_184717

スポンサーリンク


さらに2004年には3億円もの年棒となり、打率306 、24本塁打、79打点もの活躍をしています。

そして、2006年には打率.244、0本塁打、8打点で3億4000万円もの年棒をもらっていたのだとか。

この時、古田さんは選手だけでなく監督も兼任していたのですが、2007年には1億6000万円に年棒が下がって引退をしています。

2016-12-23_184827

古田さんの通算成績は打率.294、2097安打、217本塁打1009打点で、首位打者と最多安打を一度づつ獲得し、年棒を総合すると33億2720万円を稼いでいるそうです。

さらに古田さんは1993年にシーズン盗塁阻止率.644を記録しているのですが、現在もこれは日本記録となっているのだとか。

また、古田さんはリーグ優勝5回、日本一を4回も経験するなどしているのですが、古田さんの選手時代の驚きの年棒と成績ですよね。

野村克也さんとはプロ野球入りした時からの師弟関係であるものの、いつまでも若手扱いすることや野村沙知代さんが口出ししたことなどから確執が生まれてしまったと言われて、その確執の真相が話題になった古田さんなのですが、通算成績は打率.294、2097安打、217本塁打、1009打点で日本一を4回も経験し、総額33億2720万円もの年棒を稼いでその年棒や成績も注目されていて、今後もそんな古田さんは注目されていきそうですね。

スポンサーリンク

続けて読むならコチラの記事がオススメ!!

・古田敦也と篠田潤子の不倫のその後がヤバかった!?監督としての驚きの評価とは!?

・野村克也の成績の裏に隠された若い頃の苦労がヤバイ!?イチローとの本当の仲とは!?

・野村克也の現在の身体の状態がヤバいことに!?息子の現在の活躍もヤバイ!?

このページの先頭へ