角田信朗の格闘家としての過去がヤバイ!?松本人志との確執の衝撃の真相とは!?

格闘家でタレント、最近はボディビルダーとしも功績を残し、今も精力的に新しいことへ挑戦し続けている角田信朗さん。

そんな角田さんですが、格闘家として活躍していた過去がスゴイと話題になっているようです。

また、角田さんと松本人志さんの確執の真相が注目を集めています。

そこで、ちょっと気になったので調べてみました。

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プロフィール

名前:角田 信朗(かくだ のぶあき)
生年月日:1961年4月11日(55歳)
出身地:大阪府堺市
身長:171cm
血液型:AB型
所属:ジャイロスコープ

1991年:総合格闘技団体リングスに参戦。
1995年:「K-1 LEGEND 翔」のジョー・サン戦でK1参戦。。
2010年:大河ドラマ「龍馬伝」で来島又兵衛役を務める。
2016年:「第28回 日本マスターズ選手権大会」の男子マスターズ50歳以上級75キロ超級に出場し準優勝。

角田信朗の格闘家としての過去がヤバイ!?

NHKのドラマ10「お母さん、娘をやめてもいいですか」に主人公の父親・寺脇康文さんの友人役として出演していた角田信朗さんは俳優としての演技にも定評がありますが、格闘家として華々しい経歴を持ち、総合格闘技K-1を世の中に広く知らしめたひとりでもあります。

その功績もあって、今年の東京マラソンの前日祭で親子マラソンに参加したり、東京マラソンに向けてのストレッチ講習なども行っていましたね。

でも、そんな角田さんは意外にも小さな頃はいじめられっ子だったので、強くなりたい一心で柔道をは始め、高校2年生の時に空手に出会い、1991年には極真ウェイト制全日本重量級でベスト4という快挙を成し遂げ、総合格闘技団体リングス「ASTRAL STEP FINAL 炎上」に参戦しプロ格闘家としての活躍が始まります。

ちなみ、この初戦での角田さんのファイトマネーは100万円で、その後、レギュラー参戦するようになった2戦目からは30万円だったそうです。

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1993年には空手家としてアンディ・フグとの対戦で注目を集めたものの、その後引退し「K-1グランプリ」の運営側の活動に尽力していたこともありました。

けれど、2年後には「K-1LEGEND翔」でジョー・サン戦にて現役復帰を果たしファンを歓喜させ、1998年には引退試合を2週間後に控えたアントニオ猪木と公開スパースパーリングを行なったことも話題になりました。

また、角田さんが最も憧れていた空手家・黒澤浩樹選手との対戦では、1999年に一度負けているものの、翌年の「K-1 BURNING 2000」での再戦ではリベンジを胸にリングに上がり、渾身の右フックを黒澤選手の耳上に炸裂させ完璧なKO勝ちをしたときに自分の弱さを克服した、と実感したのだそうです。

そして、角田さんは、当時のことを振り返っても自身の「ベストバウトだった」と語っています。

その後、2003年5月3日に行なわれた「K-1 WORLD GP 2003 in LAS VEGAS」での師弟試合となった武蔵戦をもって2度目の現役引退をするも、2年も待たずに身長差32cm・体重差100kgもある曙と対戦し2回目の現役復帰を果たします。

引退しても「愛と涙と感動の浪花男」の角田さんは、押しも押されぬ人気ファイターのため何度も復帰を望まれ、結果的に引退と復帰を繰り返すことになったのかもしれませんね。

「生涯現役」をテーマに掲げ今も格闘家として体も精神も鍛えている角田さんは、数え切れないくらいの名勝負を繰り広げ、多くのファンの心を掴んできたようです。

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角田信朗と松本人志の確執の衝撃の真相とは!?

2017年1月16日、角田信朗さんは、自身のオフィシャルブログに「ダウンタウン松ちゃんに伝えたいこと」というタイトルで、松本人志さんとの確執を告白しました。

きっかけは、「ガキの使い」の企画で「叩いてかぶってジャンケンポン」の審判を引き受けた後に、ある理由から断ったことで松本さんを激怒させてしまったというのです。

ちなみに、この企画が2010年5月に放送された時は関根勤さんが審判をしていたんですが、当初の松本さんの指名は角田さんだったんですね。

そして、断った理由というのが、2009年のK-1MAXでの武田幸三選手の引退試合で角田さんのレフェリーとしての曖昧なジャッジが物議をかもしていた時期だったため、K-1イベントサイドから活動自粛をするように言われたから、というものでした。

もともと角田さんのレフェリングは参加選手への思い入れが強くなることが多く、この時も武田選手の引退試合ということで、瞼を切って血まみれ状態の武田選手を最後まで精一杯戦わせたい思いにかられたのか無理な試合続行をして多数の抗議を受け、謹慎処分を申し出ている時だったようです。

そうは言っても、謹慎処分を申し出るほどに反省している状況で、出演依頼を1度は引き受けているというのも矛盾している気もしますよね。

また、当時の角田さんのブログを見てみると、花の慶次・第三弾のテーマ曲「修羅の果てまでも」のPR活動で全国を駆け巡り、高島礼子さんや槇原敬之さんと一緒に写真を撮ったり、「ロケ先で」というタイトルの投稿もしていて謹慎生活をしているとは思えないほど華やかな活躍ぶりでした。


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結局、松本さんが「ワイドナショー」の番組内で角田さんが断ってきたのは撮影2日前で、そのためにその撮影が中止になりとても大変な状況だったことを説明していました。

確かに、当時の番組を見てみると広いスタジオと大がかりなセット、太鼓を叩いて盛り上げる演出や観覧客、16人もの芸人さんが出演する企画で、全てのスケジュールを押さえ直さなければならなくなったことを考えると、松本さんだけでなく制作側が混乱したのはたやすく想像できるかもしれません。

そんな出来事から1年後に、角田さんは「ダウンタウンDX」からのオファーがあったものの、収録当日に角田さんの名前を見つけた松本さんが難色を示したため角田さんの収録がなくなり、同じ番組に出演するはずだった和田アキ子さんに慰められたそうです。

でも、角田さんも1年前に同じように松本さんの番組を撮影中止に追い込んだのだから自業自得なのかもしれません。

その後、角田さんは松本さんのワイドナショーでのコメントを受け、自身のブログに「謝罪」というタイトルで配慮に欠ける発言をしたことを猛省していると投稿していましたが、好印象だったかどうかは別としても「松本さんとまた共演したい」という角田さんの気持ちは松本さんに伝わったことでしょう。

多くの名勝負でファンの心を掴み「生涯現役」をテーマに掲げ、今も格闘家として心も身体も鍛えている角田さんは、以前に松本さんの番組出演オファーを活動自粛という理由で撮影2日前にキャンセルし、松本さんサイドに多大な迷惑をかけていたことがあったようですが、今は猛省しているそうなので、いつか松本さんとの共演が実現すると良いですね。

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