片岡鶴太郎と嫁の結婚までの馴れ初めや別居がヤバイ!?絵を始めた驚きのきっかけとは!?

片岡鶴太郎さんは芸人、俳優として大活躍していますよね。

画家やボクサーなど多方面での活躍も知られています。

そんな片岡さんなのですが、お嫁さんと結婚するまでの馴れ初めや別居時代が話題になっているそうです。

さらに、片岡さんが絵を始めたきっかけにも注目が集まっているのだとか。

そこで、ちょっと気になったので調べてみました。

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プロフィール

名前:片岡 鶴太郎(かたおか つるたろう)
本名:荻野 繁雄 (おぎの しげお)
生年月日:1954年12月21日(62歳)
出生地:東京都
身長:163cm
血液型:O型
所属:太田プロダクション

・1973年:片岡鶴八に弟子入りする。
・1981年:「オレたちひょうきん族」に出演する。
・1987年:朝ドラ「チョッちゃん」に出演する。
・1988年:プロボクシングテストに合格する。
・1989年:水墨画を描き始める。
・1991年:大河ドラマ「太平記」に出演する。
・2017年:離婚する。プロフェッシナルヨガ検定・インストラクターのレベル1に合格する。

片岡鶴太郎と嫁の結婚までの馴れ初めや別居がヤバイ!?

片岡鶴太郎さんは離婚をしたことを発表しましたよね。

長年連れ添ったお嫁さんとの熟年離婚ということで大きな注目を集めました。

そんな片岡さんなのですが、お嫁さんの結婚までの馴れ初めや別居が話題になっているそうです。

では、片岡さんとお嫁さんの結婚までの馴れ初めや別居生活とは一体、どのようなものだったのでしょうか。

そこで調べてみると、片岡さんはお嫁さんと大衆演劇に所属していた時に知り合い結婚し、長い間別居生活をしていたのだそうです。

片岡さんは1974年に芸人となり、その後は様々なところで活動をしていたのだとか。

浅草はもちろん大衆演劇の世界に飛び込んで司会などを務めていたこともあるそうなのですが、愛媛県の道後温泉で大衆演劇の司会をしていた時に奥さんと知り合ったのだそうです。

片岡さんの奥さんは一般人で智子さんと言うそうなのですが、当時片岡さんが所属していた劇団の座長の娘さんだったのだとか。

お嫁さんは当時、劇団の照明スタッフとして働いていたとのことで、役者とスタッフという関係から親しくなって結婚するようになったのだそうです。

ただ、智子さんの父親の劇団が何という劇団だったのかはわかっていないのだとか。

しかし、若い片岡さんと智子さんはそうして出会ったということで、まさに運命的な出会いと言えますよね。

そして、片岡さんと智子さんは1979年に結婚をしていて、まだ売れていない片岡さんを智子さんは支えていたのだそうです。

ただ、智子さんと結婚をした片岡さんは劇団を退団して、東京に戻ってテレビの世界で活躍するようになったのだとか。

そして、80年代に片岡さんは売れっ子の芸人となって大ブレイクをしたのですが、当時は毎晩のように女遊びをしていたとも言われているそうです。

しかし、そんな片岡さんに智子さんは離婚もせずに耐えていたのだとか。

そのように智子さんが片岡さんの女遊びに耐えていたのは、結婚をした時に父親から片岡さんは芸人なのでどれだけ遊んでも文句を言うなと言われたからなのだそうです。

父親も大衆演劇の座長だったことから、女遊びなどについても理解していたのかもしれませんね。

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ただ、そんな片岡さんと智子さんなのですが、2017年に離婚をしていたことが発表されて大きな話題となりました。

片岡さんは子供も成人し、自身も還暦を迎えたことから離婚を考え始めたのだそうです。

なので、2015年頃から離婚を考えるようになって自分から離婚を切り出したのだとか。

また、離婚前から片岡さんは智子さんと別居をしていたと言われていて、それはヨガに没頭していたからだとも言われているそうです。

片岡さんは朝3時から数時間もヨガを行うことを明かしているのですが、そうした生活を送る上で夫婦で生活が合わないので別居するようになったとも言われているのだとか。

さらに、片岡さんは離婚理由として

「お互いにやりたいことがあった」

と明かしているので、ヨガなどが影響して離婚をしたと言うのも納得ですよね。

ただ、実は片岡さんはそのように離婚を考えるはるか前から智子さんとは別居をしていたとも言われていて、実は30年以上も別居をしていたのだとか。

1984年に片岡さんがネタ作りや絵を描くアトリエのような勉強部屋を借りた事からほぼ別居状態となって、奥さんとは月に2、3度会う関係だったのだそうです。

なので、元々夫婦としての関係はかなり特殊だったことがわかるのですが、片岡さんとお嫁さんの結婚までの馴れ初めや別居生活がヤバイですよね。

ただ、最終的に円満に離婚をしたということで、奥さんとは別れた後も今まで通り良い関係のままでいるそうです。

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片岡鶴太郎が絵を始めた驚きのきっかけとは!?

片岡鶴太郎さんは画家としても長年活躍していますよね。

片岡さんの描く様々な絵が話題となっているのですが、そんな片岡さんが絵を始めたきっかけに注目が集まっているそうです。

では、片岡さんが絵を始めたきっかけとは、一体、どのようなものなのでしょうか。

そこで調べてみると、片岡さんはドラマで棟方志功(むなかた しこう)を演じたことなどがきっかけとなって絵を描くようになったのだそうです。

片岡さんは芸人として活動しながら俳優としても活躍していましたよね。

80年代には様々なドラマに多く出演していたのですが、そのように活躍しながら精神的に何もないことを感じて絵を描くようになったのだそうです。

さらに、片岡さんは1993年に「笑っていいとも!」の中で描いた絵を披露したところ、画家の横尾忠則さんにその絵が認められたのだとか。

また、片岡さんは1989年に棟方志功を描いたドラマ「志功の青春紀 おらぁゴッホだ」で棟方志功を演じて、そこで水墨画などに興味を持っていたのだそうです。

そうしているうちに横尾さんに絵を絶賛され、さらに芸術家の岡本太郎さんにもその才能を評価されたことから画家として活動するようになったのだとか。

横尾さんと岡本さんにその才能が認められて絵を描くようになったということで、片岡さんの絵を始めた驚きのきっかけですよね。

片岡さんは絵については師匠がいないものの、心の師匠として棟方志功を挙げているのだとか。

また、片岡さんは床に座って右利きながらも左手で絵を描いたりもしていて、独自の絵の描き方をしているそうです。

年間250点ほどを描き、空腹状態で集中して絵を描いているのだとか。

また、そんな片岡さんの作品は高く評価されていて、これまでに1995年から何度も個展を開いて大盛況となっているのだそうです。

さらに、2000年に片岡さんが鯛を描いた「片岡鶴太郎めで鯛電報」がNTTからコースターとして販売されたり、2003年には奈良県にある富麻寺中之坊に天井画を奉納しているのだそうです。

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また、片岡さんは絵だけじゃなくて書道にも挑戦していて、2007年には第24回産経国際書展で産経新聞社賞を受賞し、2015年には第10回手島右卿賞を受賞しているのだとか。

ちなみに、片岡さんの絵は一点のみの原画は一枚100万円を超えていて、版画が約15万円、複製画が2万5000円となっているのだそうです。

かなり高い価格のついたものからお手頃なものまで様々なものがあることがわかりますよね。

さらに、そんな片岡さんは作品をアトリエで描いていることも知られていて、これまでにテレビの取材なども多く入っているそうです。

片岡さんのアトリエは東京都港区白金台にあり、著名人などをアトリエに呼んで食事会を開催をするなどしているのだとか。

さらに、片岡さんは自身の絵を集めた美術館などもあるのだそうです。

片岡鶴太郎美術館は群馬県や福島県にあり、さらに工藝館(こうげいかん)が石川県、佐賀県にあるのだとか。

美術館と工藝館はどちらも片岡さんの絵や書、陶器などが展示されているのですが、全国各地にいくつも美術館や工藝館があるのは凄いですよね。

さらに、片岡さんはパリで個展を開いていて、そこでも絵が絶賛されたのだそうです。

今後もそんな片岡さんは画家や書家として様々な作品を作り出していきそうですね。

大衆演劇の座長の娘さんと結婚しながら30年も別居していて、その馴れ初めや別居生活が話題になった片岡さんなのですが、「笑っていいとも!」で絵を披露したところ横尾さんや岡本さんといった巨匠にその才能を認められて絵を始めるなど、そのきっかけも注目されるなどしていて、今後もそんな片岡さんに注目していきたいですね。

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