塩川正十郎(塩爺)の死因とは!?忘れられないあの衝撃発言とは!?
最終更新日:2018年12月27日
財務大臣や自民党の総務会長などを歴任した元衆議院議員の塩川正十郎さんがお亡くなりになりました。
名物政治家としても知られ、塩爺の愛称で親しまれた塩川さんの発言エピソードは今でも多くの人の記憶に残っています。
塩爺の衝撃発言を含め、独特な発言をピックアップしてみました。
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名物政治家、塩川正十郎が肺炎で死去!?
小泉純一郎内閣において財務省を務めた塩川正十郎さんが、19日の午前10時15分に大阪市内の病院でお亡くなりになりました。
死因は肺炎で93歳でした。
政治家としては、平成13年のときに79歳で第1次小泉内閣の財務相に就任したのですが、「塩爺(しおじい)」の愛称で親しまれていました。
ただ、画像で見ると非常に温厚そうに見えますが、昔は怒ればその熱で湯を沸かすことができると言われたほどカッとなって怒ることが多かったことから「瞬間湯沸かし器」と呼ばれていました。
さすがに年をとってからは落ち着いていましたが、発言の中にはまだまだ周りを落ち着かせないユーモアや破壊力がありました。
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塩川正十郎が残した記憶に残り続ける衝撃発言とは!?
塩川正十郎さんは温厚な人柄とユーモア溢れる発言、そして周りをビックリさせる発言で非常に型破りな政治家だったことから、世間からは塩爺の愛称で広く愛されていたと思います。
そんな様々な発言の中から、塩爺ならではのものをご紹介いたします。
まずは、国会のおいて野党議員に厳しく追及され追い詰められたときに、塩爺だから許される一言で追求をかわしました。
その一言が、
「忘れてしまいました。」
普通の政治家がこれを言っても、むしろ非難の厳しさが増すと思います。
しかし、高齢の塩爺がこれを言うと、リアリティがありますよねw
物忘れがあってもおかしくない年齢ですから。
実際、そのとき厳しく追及していた野党議員もこれ以上言ったら
「老人虐待だ!」
とマスコミに非難されることを恐れて、追求をやめてしまいました。
老人だけに許された必殺技ですよね。
この発言が世間に広まった後、様々な場面で追求に困った全国の老人達がこの一言で何を逃れたのは有名な話です。
その意味で、塩川さんは老人達にとってヒーローでしたw
また、永田町の常識をユーモア溢れる表現で批判したのも印象的でした。
例えば、
「母屋でおかゆをすすっているときに、離れですき焼きを食べている」
です。
これは、一般会計で赤字を減らすように努力している一方で、特別会計では浪費をしていることを暗に批判したものでしたが、この発言は永田町独特の考え方を批判するときにメディアで使われたりしますので、影響力はさすがです。
また、「国民年金だけで塩川さんは生活できますか?」と尋ねられたときに、
「ほんなん、できるかいな。ぼくら議員はあんたら国民と生活のレベルが違うやないか!
毎月の生活費に100万かかるよ。みんな、人間平等だと思っていたらとんでもない間違いだ。」
と何とも豪快で素直な発言をしていました。
今の政治家でこのような発言ができる人はなかなかいませんよね。
後先が短いから何でも言いたい放題だった気もしますが。
そして、塩爺の自由発言の中でも最も自由だったのが、「キチガイ発言事件」でした。
事件が起こったのは、2005年4月17日に放送された「真相報道バンキシャ」でのことでした。
奈良の引越しおばさんについて意見を求められた塩爺は
「これはねえ、やっぱり狂ってますよ。この人は。顔見てご覧なさい。 目はつり上がってるしね。顔がぼうっと浮いているでしょ。
これキチガイの顔ですわ」
と、放送禁止用語を平気でぶっ込んできました。
これを聞いた福沢アナは
「いや、あの~、それは、そ、あの、そういう発言は、あの~ふさわしくないと思うんですけれども…ええ」
と必死のフォローをし、隣にいた菊川怜さんは焦った表情をしていました。
まあ、塩爺としてはまだまだ言い足りなそうな感じでしたが、さすがに場の空気を読んだのかもしれません。
この特集の後、福沢アナが不適切発言についてお詫びと訂正をしたのは言うまでもありませんw
今ではここまで放送禁止用語をリアルタイムでぶっ込んでくる人はなかなかいないので、あの頃の塩爺の暴走っぷりが今でも印象に残っている人が多いのではないでしょうか。
今の時代ころころ大臣などが代わっていきますが、塩爺ほど印象に残る政治家も少ないですよね。
心からご冥福をお祈りします。
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