荻野目慶子の若い頃の活躍がヤバイ!?深作欣二との壮絶な過去とは!?

1映画や舞台で女優として活躍し、恋多き女性としても知られる荻野目慶子さん。

そんな荻野目さんはデビュー以来、話題の舞台や映画やバラエティ番組に出演し、かなり注目を集めた女優だったのです。

また、荻野目さんは、35歳年上の深作欣二監督との間で壮絶なやりとりを交わしていた、と話題になっています。

そこで、ちょっと気になったので調べてみました。

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プロフィール

名前:荻野目 慶子(おぎのめ けいこ)
生年月日:1964年9月4日(52歳)
出身地:埼玉県
身長:151cm
血液型:A型
所属:フロム・ファーストプロダクション

1979年:舞台『奇跡の人』のヘレン・ケラー役のオーディションに合格。
2002年:自伝『女優の夜』を出版。
2004年:『愛のソレア』(フジテレビ)で主演を務める。
2012年:12月31日、一般の男性と結婚。

荻野目慶子の若い頃の活躍がヤバイ!?

舞台やテレビで52歳になる今も活躍している荻野目慶子さんは、幼い頃は静かで大人しい少女だったそうです。

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そして、あまりに大人しい荻野目さんを心配した母親が明るい子にと元気づけるため、小学6年生の時に劇団に入れたことをきっかけに、雑誌のモデルや「母ちゃんの勲章」などに子役としてテレビ出演を果たすようになりました。

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また、1977年には映画「獄門島」で女優の司葉子さんの少女時代の役も演じていましたね。

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そして、とうとう1979年に芸術座で2カ月間連続公演された「奇跡の人」に100人以上のオーディションの中からヘレン・ケラー役に抜擢されました。

ただ、舞台経験がなかった荻野目さんは、舞台が始まってからも上演後に、演出監督に呼び出されては「ケーコちゃん、ここのところはねー」と演技の悪いところを毎日指摘され、疲労と緊張で、当時中学3年生で受験勉強も控えていた荻野目さんはクタクタだったそうです。

けれどその甲斐あって、この舞台での熱演が話題を呼び、新進若手女優として注目され始めたのです。

その後、コピーライターの糸井重里さんを司会に起用したNHK教育のバラエティ番組「YOU」にも出演し、タレントとしても活躍するようになりました。

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「YOU」は、10代・20代の若者向けトーク番組で、テーマ曲を坂本龍一さん、大友克洋さんのタイトル画と合わせ、従来のNHKにないポップな感覚が話題となり、若者が討論するスタイルでも人気を集めた番組でした。

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また、荻野目さんが主演を務めた映画「海潮音(かいちょうおん)」では、その演技が評価され報知映画賞新人賞、ヨコハマ映画祭最優秀新人賞を受賞しています。

当時、16歳だった荻野目さんは「海潮音」の撮影が延びたため、高校の入学式にも出席できないほど忙しい日々だったのだとか。

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そして、1983年には、南極大陸に残された兄弟犬タロとジロと越冬隊員が1年後に再会する実話を基にした「南極物語」にも出演し、イメージソング「愛のオーロラ」も歌うようになります。

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この映画の配給収入は61億円で、当時の日本映画歴代興行収入記録を更新し続け、最終的には興行収入110億円に達し空前の大ヒット作品となり、実写映画としては2003年公開の映画「踊る大捜査線2」に抜かれるまで破られなかったそうです。

子役時代から出演が相次ぎ、話題になる舞台やバラエティ番組、大ヒット映画などに出演し続ける荻野目さんは、若い頃からその魅力が抜群に飛び抜けていたのかもしれませんね。

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荻野目慶子と深作欣二の壮絶な過去とは!?

子役からテレビ番組や映画に出演し、おとなしそうな顔立ちから、デビューしてしばらくは清純派女優として活躍していた荻野目慶子さんですが、大人の女性として魅力を発揮するようになってからは、妻子ある男性を次々に虜にし「魔性の女」と呼ばれるようになりました。

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まず荻野目さんの最初の不倫相手は、荻野目さんが20歳の時、17歳年上の映画監督・河合義隆さんで、2人の関係は5年ほど続きましたが、ある日、荻野目さんの留守中に荻野目さんのマンションで河合監督が自ら命を絶ったことで、マスコミに大きく取り上げられてしまいます。

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さらに、そのスキャンダルから1年後の1992年には、復帰作として出演した映画「いつかギラギラする日」で深作欣二監督と出会い、35歳年上の監督と荻野目さんは、またもや不倫関係を始めてしまうのでした。

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この交際は、深作監督から半ば強引に迫られ始まった関係のようですが、それでも2人の関係は10年近くに及んだそうです。

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そんな中、深作監督は前立腺がんを発病し闘病生活に入るのですが、壮絶だったのは、副作用による男性機能の低下を懸念し、治療に有効とされるホルモン剤投与を拒んだことで「深作監督は愛人との関係を命より優先させた」と囁かれたようです。

また、深作監督の入院生活中も、荻野目さんは足繁くお見舞いに通い、深作監督も荻野目さんが持ってきたパジャマなどを愛用していたのだとか。

そして2003年、前立腺がんの脊髄転移により再度入院した深作監督は帰らぬ人となったのですが、不倫相手だった荻野目さんは葬儀に顔を出すことが出来なかったそうです。

子役時代から舞台やバラエティ番組、大ヒット映画などに出演し活躍する荻野目さんは、私生活では深作監督と不倫関係になり、深作監督はガンに侵されても荻野目さんとの関係を続けるために男性機能を低下させるホルモン剤投与を拒むほど荻野目さんにのめり込んだと言われていますが、これからも女優として演技でファンを虜にして魅了し続けて欲しいですね。

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