吉本多香美の現在の石垣島での生活がヤバイ!?旦那との馴れ初めや父の驚きの経歴とは!?

画像11990年代半ば、V6の長野博さんが主演を務め、話題となった円谷プロダクションの「ウルトラマンティガ」でしたが、もう一つの大きな話題がヒロイン、レナ隊員役の吉本多香美さんの起用でした。

その後、吉本さんは女優として飛躍し、様々なドラマや映画、バラエティ、また世界を旅する番組のレポーターとして、順調に活躍していましたが、この数年メディアへの露出が極端に減ってしまいました。

なんでも、あることがきっかけで東京から遠く離れた石垣島で生活しているというのです。

また、吉本さんのお父様が大変有名人なのですが、どのような方なのでしょうか?

そこで、ちょっと気になったので調べてみました!

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プロフィール

名前:吉本 多香美(よしもと たかみ)
生年月日:1971年10月13日(44歳)
出身地:埼玉県大宮市
血液型:O型
身長:162 cm
学歴:獨協大学外国語学部フランス語学科卒業

1992年:JR東海「クリスマス・エクスプレス」CMの5代目ヒロイン。
1996年:特撮テレビドラマ「ウルトラマンティガ」ヒロイン役で出演。
1997年:NHK連続テレビ小説「あぐり」に出演。
1999年:映画「皆月」に出演。
2000年:NHK「クイズ日本人の質問」に、ものしり博士の1人として出演。
2004年:映画「TOKYO NOIR」に出演。

吉本多香美の現在の石垣島での生活がヤバイ!?

映画「皆月」では日本映画プロフェッショナル大賞主演女優賞を受賞し、順調に女優として幅を広げていた吉本多香美さんでしたが、2016年現在は沖縄の石垣島で生活し、女優の仕事はセーブしているようなのです。

実は、東京から石垣島への移住のきっかけは2011年3月11日に発生した東日本大震災だったようで、震災の翌日には旦那さんと、息子さんとともに東京を出たといいます。

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その頃は同じく関東圏から関西圏や沖縄へと自主避難した芸能人の話題が後を絶たず、世間では逃げたくても逃げられない状況の一般人が多いせいか、自主避難した芸能人に対して様々な批判があったことは記憶に新しいところですね。

そして、石垣島に移り住んだ吉本さんの暮らしは、家に帰ると近所の方が野菜をおいてあったり、近所のお爺さんがぜんざいを作って持って来たり、息子さんとは毎日海に行って遊ぶなど、人のあたたかさや豊かな自然とふれあいながら子育てをしているようです。

また、原子力の安全性について震災前から訴えて続けていた吉本さんは、石垣島に震災のガレキの受け入れ話しがあった時に、避難者の会の先頭に立ち、安全の保証がないガレキの受け入れの反対運動を起こしたのだとか。

他にも、森林の再生活動などの自然保護活動を行ったり、環境問題にも熱心で、畑を耕し自給自足をめざしてロハスな生活をしており、クイズ番組のリポーターとして世界70カ国を訪れ様々な場所を見てきた経験から、

「石垣島は海の恵みも山の恵みもあるし、文化もとても豊かで、世界に誇れる島」

だと語っています。

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さらに、2014年の石垣市長選挙の候補者の応援演説では、石垣島への自衛隊の配備に反対し、子どもの命、平和を愛する彼女の気持ちがあふれた演説を繰り広げ、その様子は全国のニュースでも放送されました。

ここまで政治的になると、やはりいろいろな人から叩かれてしまうのは仕方がないのかもしれませんが、そもそも吉本さんがあの大震災に遭った時の環境はどのような状況だったのでしょうか?

まだ1歳前の乳飲み子を抱えて、目には見えない「放射能」に対して恐れを抱いていたとは推測できませんか?

赤ちゃんは色々な物への免疫力を持っていないので、例えば顔を蚊に刺されると1~2日後に四谷怪談のお岩さんのように腫れ上がり、しばらくの間は治りませんし、初めて食べる物のアレルギーでショック死することさえあるので、母親は初めて与える食物はほんの1さじ、様子を見ながらあげますよね。

それが、大人への影響力も定かではない放射能の危険に、幼い我が子が晒されるなんて、、、。

そんな精神状態の最中、石垣島への移住を考えることも、また周りが強く引き留めなかったであろうことも、少しは理解出来るような気がします。

しかし、あの知的な演技や、妖艶な演技を見られないことは私たちにとってとても残念なことですが、吉本さんは以前から「自然の中で子育てをしたい」という希望を持っていたようなので、今後は1人の女性が選んだライフスタイルとして、あたたかく見守っていきたいものですね。

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吉本多香美の旦那との馴れ初めや父の驚きの経歴とは!?

吉本さんといえば、アメリカ人の男性と結婚をしたイメージが強いのですが、実は「感性の違い」によって2001年から4年間の結婚生活に終止符を打ち、その約5年後の2010年には現在の旦那さんと結婚されたそうです。

ただ、今の旦那さんについて調べると、前の旦那さんの情報がもれなくついてきてしまうのは、前の旦那さんとの「離婚」の発表と今の旦那さんとの「結婚、妊娠」の発表を同時にしてしまったのが原因のようですね。

そんな今の旦那さんは吉本さんと同じ年のパフォーマーアーティストだそうで、元体操のお兄さんの佐藤弘道さんに似たイケメンで、なんでも吉本さんの初恋の相手であり、高校1年生の時に初めてキスをした相手なのだとか。

そして、2人は運命的に再会して惹かれあい、お子さんにも恵まれ、ともに石垣島に住み「自然保護」という共通のテーマを持ってそれぞれの形の活動を行いながら、いつも同じ方向を向いて歩んでいるのだそうです。

さて、そんな幸せいっぱいの吉本さんですが、お父様がなんと!初代ウルトラマンであるハヤタ隊員を演じた俳優の黒部進さんで、吉本さんがウルトラマンティガのレナ隊員に抜擢された際には、親子2代でのウルトラシリーズ出演が大変話題になりました。

実は黒部さん、1966年のウルトラマン出演当時は東宝の専属俳優で、刑事ドラマや時代劇の悪役を演じていたものの、それまでにヒーローや怪獣が出てくるドラマなど無かったため「なにこれ?」と思いながらウルトラマンの撮影に臨んでいたといいます。

そのため、ウルトラマンの視聴率が上がって大人気作品になっても、当時はいまいちピンとこなかったそうなのですが、今では当時の熱狂的なファン達から「ハヤタさん、ハヤタさん」と呼ばれ、子どもたちに夢を与えられたことを誇りに思っているのだとか。

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さらに、2016年の初めのポスターに登場した、現在の黒部さんの姿はこちらなのですが、お年を召されてもかっこいいですよね!

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また、黒部さんは大のアウトドア好きで、吉本さんが15歳の時に家族で1ヶ月半もの長い間、アフリカのケニアでキャンプ生活をし「何もないところで、どういう親子の関係が築けるのか」を試すという壮大なプランを敢行したそうです。

この時の旅行がきっかけで、吉本さんは「いろんな人たちに会いに行きたい」と考え、黒部さんの猛反対を押し切り、お母様の後押しもあって芸能界に入ることに決めたといいます。

さらにアフリカでは自分の「人生の座標軸」を見つけ、現地の女性からは「たくましさ、力強い美しさ」を学んだと語っていますので、現在の吉本さんの自然保護活動の原点はそういったところから培われたのでしょうね。

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