杉田かおるが創価学会を抜けた本当の理由がヤバイ!?子役時代の驚きのエピソードとは!?

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「子役は大成しない」というジンクスを覆し、今年芸歴44年を迎え、今なお、芸能界で活躍し続ける杉田かおるさん。

そんな杉田さんは、以前、創価学会員でしたが、脱会するに至った驚きの理由があるそうです。

また、杉田さんの子役時代のエピソードが凄すぎて何も言えない、と話題を集めているようです。

そこで、ちょっと気になったので調べてみました。

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プロフィール

名前:杉田 かおる(すぎた かおる)
生年月日:1964年11月27日(51歳)
出身地:東京都
身長:157cm
血液型:B型
所属:オラクル企画

1972年:ドラマ『パパと呼ばないで』でテレビドラマデビューを果たす。
1979年:ドラマ『金八先生』に出演し、演技派女優と言われるようになる。
2005年:日産コンツェルン創始者の孫・鮎川純太氏と結婚するも、7ヶ月後には離婚。
2013年:一般男性と再婚。

杉田かおるが創価学会を抜けた本当の理由がヤバイ!?

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幼い頃から、子役として活躍してきた杉田さんですが、家庭環境は複雑だったようで、両親は杉田さんが6歳の時に離婚し、その後も父親は愛人が何人もいるような生活を送り、母親も昼間から酒を飲む毎日だったそうです。

そんな杉田さんが、創価学会と出会うきっかけとなったのは、父親の影響が大きかったのだとか。

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実は、杉田さんがドラマ『金八先生』に出演し、演技派女優として認められ始めた16歳の頃、もともと創価学会信者だった父親のすすめで、学会の「座談会」に出席し、入会を決めたようです。

その後、杉田さんは、芸能人が「広告塔」として活動する「芸術部」と「高等部女子部」に所属し、同じ年代の仲間に囲まれ、友人も増え楽しい時間を過ごしたそうです。

確かに、子役時代は忙しく、満足に学校生活を送れなかった杉田さんにとっては、同年代の友人ができたことは嬉しい出来事だったかもしれませんね。

それから、学会の最高実力者・池田大作氏と会食で同席でき、幸せ過ぎると喜ぶほど学会に傾倒していた杉田さんでしたが、なぜ退会を決意したのでしょうか。

それは、1985年にあるイベントに出席した杉田さんが、最高指導者・池田大作氏を囲む食事会の席で、「お下げ渡し」と称した行為に違和感を覚えたのがきっかけだったそうです。

そこで、デザートのメロンを目の前にした池田氏は、「このメロンは天皇陛下と私しか食べられない」と言い、ひとさじすくって口に入れたあと「みんなにも食べさせてあげたい」と、食べかけのメロンを隣席の人へ渡しました。

そして、その人は同じスプーンですくって食べ、また隣の人へ、と順々にそのメロンを一口ずつ食べ、ついに、そのメロンが杉田さんの目の前に置かれたときには、ほとんど食べ尽くされていたものの、無理矢理すくって飲み込んだのだとか。

また、年金生活者や生活保護者に献金を募りながら、最高幹部達は酒席でセクハラまがいのことを強要するなど、不信感を抱く出来事が続いたそうです。

そして、とうとう1991年に、杉田さんは学会脱会を決意するも、大勢の学会員に家に押しかけられ脱会撤回を迫られ、怖い日々を過ごしたそうですが、懇意にしていた学会の「黒幕」が手を差し伸べてくれ、すんなり学会から離れられたそうです。

ただ、その「黒幕」とも数年で決別してしまい、なるべく人目につくことで身を守ろうとテレビの仕事を増やすことに専念したようですが、学会を脱会すると干されるというウワサもある中オファーが途切れないのは、杉田さんのタレント性のおかげかもしれません。

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杉田かおるの子役時代の驚きのエピソードとは!?

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ドラマ『パパと呼ばないで』でのチー坊役で、7歳でテレビドラマデビューを果たした杉田かおるさんは、人気子役として活躍後、14歳の時には、ドラマ『金八先生』で難役を熱演し、演技派女優へと成長しました。

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その活躍は女優業にとどまらず、ドラマ『池中玄太80キロ』で歌手としても「鳥の詩」が大ヒットし、女優としても歌手としても大ブレイクするような超売れっ子になっていったのです。

そして、そんな杉田さんの子役時代のエピソードが、凄すぎて伝説のように語り継がれているというのですが、負けず嫌いだった杉田さんは、「子役のクセに」と陰口を叩かれるのが嫌で、現場で台本を一切開かず、その役どころを演じていたそうです。

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ただ実は、小学校の授業中にこっそり台本を読んだり、夜中に必死で読み込んだり、と陰ながら努力していたのだとか。

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また、チー坊のサイン会では1000人以上集まるので、大物感を演出するためにハイヤーをチャーターし、登場していたそうです。

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そして、撮影が無い休日には、制作スタッフに好かれたくて、小田原のみかん山を貸し切って100人以上を大接待、という企画もしていたようですよ。

極めつけには、8歳でありながら天才子役感を演出するために、撮影の間に現場で休んでいるモデル出身の先輩女優に近づき、

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お姉さん芝居下手ね

女優諦めた方がいいわよ

とささやき、女優業を断念させたことがある、というのです。

ちなみに、その先輩女優というのはキャシー中島さんなのだとか。

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ただ、杉田さん自身もあらゆる場所で、天才子役を意識しながら行動していたため、かなりストレスをため込んでいたようです。

7歳でデビューし、みかん山を貸し切ったり、8歳で先輩女優に女優業を断念させる発言をするなどのエピソードを持つ杉田さんは、父親のすすめで入信した創価学会で最高指導者の「お下げ渡し」に違和感を覚え脱会を決意したようですが、持ち前の強さであらゆる困難を乗り切り、これからも杉田さんらしさで活躍して欲しいですね。

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