小室哲哉が華原朋美を捨てた衝撃の理由が明らかに!?プロデュースの光と影がヤバイ!?

小室哲哉さんは日本の音楽界を代表するミュージシャンですよね。

小室さんが手がけた楽曲はどれも大ヒットしています。

そんな小室さんなのですが、華原朋美さんを捨てた理由が話題になっているそうです。

さらに、小室さんのプロデュースの光と影にも注目が集まっているのだとか。

そこで、ちょっと気になったので調べてみました。

スポンサーリンク

プロフィール

名前:小室 哲哉(こむろ てつや)
本名:小室 哲哉(こむろ てつや)
生年月日:1958年11月27日(58歳)
出身地:東京
身長:167cm
血液型:O型
所属:エイベックス

・1975年:プロの音楽家として活動する。
・1984年:TM NETWORKでデビューする。
・1996年:globeとしてデビューする。
・2001年:吉本興業と契約を結ぶ。
・2009年:著作権詐欺で有罪判決を受ける。
・2017年:浅倉大介とユニットPANDORAを結成する。

小室哲哉が華原朋美を捨てた衝撃の理由が明らかに!?

小室哲哉さんは90年代に華原朋美さんと交際していたことが知られていますよね。

二人で一緒に多くのメディアに出演していました。

そんな小室さんなのですが、華原さんを捨てた本当の理由が明らかになったと話題になっているそうです。

では、小室さんが華原さんを捨てた本当の理由というのは、一体、どのようなものなのでしょうか。

そこで調べてみると、小室さんと華原さんは華原さんが浮気をしたのが原因で破局したと言われているのだそうです。

まず、小室さんと華原さんの出会いについてなのですが、華原さんは歌手になる前に遠峯ありさとしてグラビア活動をしていたのだとか。

そんな華原さんは「天使のU・B・U・G」という番組に出演していて、それを見た小室さんが華原さんを気に入ったのだそうです。

なので、小室さんが華原さんを小室さんが経営するお店に呼んだりして、そこから親しくなって交際するようになったのだとか。

そして、その後に華原さんが歌手デビューしているそうです。

ただ、華原さんが歌手デビューしたことについては、小室さんに枕営業をしたということや、小室さんが自分のプロデュースする歌手に手をつけたということが言われていたのだとか。

しかし、小室さんは華原さんがデビューする前から華原さんと交際していたので、純粋に恋人の華原さんを歌手デビューさせただけと言っているのだそうです。

実際に小室さんは女性として華原さんのことを気に入ったそうなのですが、同時に華原さんの歌声も気に入ったと言われていて、小室さんは華原さんの歌声を聴いて

「君を歌手として育てたい」

と言って歌手デビューさせることになったのだそうです。

そして、小室さんと華原さんはその頃から交際するようになったと言われているのだとか。

そのように小室さんのおかげで歌手デビューした華原さんは、デビュー曲の「Keep yourself alive」から話題となり、1995年にリリースした「I BELIEVE」や「I‘m Proud」がミリオンヒットを記録し、アルバムも200万枚を突破する大ヒットとなったのだそうです。

スポンサーリンク


この頃が華原さんの全盛期と言われているのですが、小室さんとの関係も公になっていたので二人でテレビ出演をしてその関係が注目されていたのだとか。

そして、そのように交際をして結婚秒読みとも言われていた小室さんと華原さんなのですが、華原さんが俳優の小橋賢児さんと浮気をしたことが明るみになって破局してしまったのだとか。

なので、小室さんと華原さんの破局原因は華原さんの浮気ということになるそうなのですが、同時に小室さんも現在の妻のKEIKOさんと浮気をしていたと言われているそうです。

ただ、小室さんが浮気をしていたことから華原さんが浮気をしたとも言われているのだそうです。

また、そのように言われている一方で、小室さんがプロデューサーとして大活躍していたことから華原さんと一緒にいる時間がなかなか取れず、すれ違いが続くなどして華原さんは浮気をしてしまったとも言われているのだとか。

そして、華原さんの浮気が週刊誌に報じられてしまい、それに小室さんが激怒してしまい破局となったのだそうです。

二人の交際期間は4年ほどだったと言われているのですが、そうしたことから二人の関係は終わりとなったのだとか。

あれだけ仲が良かったと言われていた小室さんと華原さんなので二人の破局は大きく報じられたのですが、小室さんが華原さんを捨てた衝撃の理由ですよね。

スポンサーリンク


そして、そのように小室さんと別れた華原さんなのですが、小室さんにフラれてしまったので仕打ちとして小室さんの自宅住所を近所の子供に教えてしまったと言われているそうです。

なので、小室さんは自宅で寝ていた時に目を覚ますと、ベッドを見知らぬ子どもたちが囲んでいたこともあったのだとか。

これは華原さんが仕組んだことだと言われているそうなのですが、物凄い仕打ちですよね。

また、そのように小室さんと別れた華原さんは徐々に精神を病むようになっていって、睡眠薬などを過剰に摂取するようになったのだそうです。

華原さんは薬漬けとなってしまって救急車で搬送されることもあったそうなのですが、1999年にガス中毒で倒れてしまったり、風邪薬を飲んで倒れて緊急入院してしまったりしたのだとか。

さらに、その後も2009年と2010年に薬の過剰摂取によって緊急搬送されているのだそうです。

ちなみに、そのように華原さんが薬漬けになってしまったのは、小室さんと破局したことでうつ病になってしまったことが原因だと言われているそうです。

破局によって精神病を患い、そこから薬漬けとなってしまったのですが、当時はかなり危険な状態だったようですね。

なので、当時の華原さんは家族によって閉鎖病棟に入院させられて芸能活動も休止していたのだとか。

そうしたことがあったので、華原さんは治療を行うなどして2012年に歌手活動を再開させたそうなのですが、小室さんとの破局はかなり大きな傷を残したことがわかりますね。

また、そのように歌手活動を再開させた華原さんなのですが、復帰後は様々な場で小室さんとの交際を語っているのだそうです。

さらに、華原さんはglobeの曲を歌ったり、2013年にFNS歌謡祭で小室さんとの共演を望んだりしていて、未だに小室さんを意識させる言動が多くあって未練があるとも言われているのだとか。

なので、小室さんはそんな華原さんを避けているとも言われているそうなのですが、KEIKOさんと結婚をしていることもあって、小室さんが華原さんを避けようとしていることも理解できますよね。

ただ、それでも小室さんは華原さんとFNS歌謡祭で共演したりしていて、完全に避けているという事じゃないようです。

しかし、今後も華原さんが小室さんにこだわり続けると、小室さんの態度も悪くなってしまうかもしれませんね。

スポンサーリンク

小室哲哉プロデュースの光と影がヤバイ!?

小室哲哉さんはプロデューサーとして大成功を収めていますよね。

プロデューサーブームを作り出したとも言われているのですが、そんな小室さんのプロデュースの光と影に注目が集まっているそうです。

では、小室プロデュースの光と影とは、一体、どのようなものなのでしょうか。

そこで調べてみると、小室さんはこれまでに様々なプロデュースを大成功させて高い実績があるものの、同時に失敗したことも多くあるのだそうです。

小室さんは元々TM NETWORKで活動をしていたのですが、1991年にエイベックスの松浦勝人さんからユーロビートのリミックスアルバムの企画などを持ちかけられ、さらにダンスミュージックなどを本格的に取り込もうとしてプロデューサーに転向したのだとか。

小室さんは1993年からプロデューサーに転向していて、東京やロサンゼルスで楽曲の制作をするようになったのだそうです。

なので、当時はひたすらスタジオにこもって楽曲を制作していて、作詞・作曲・編曲のすべてを行うようになったのだとか。

そんな小室さんは1993年に全面的にプロデュースしたtrfをデビューさせて、2ndシングル「EZ DO DANCE」が大ヒットするなど、すぐにヒット曲を出すことに成功したのだそうです。

また、そのようにtrfのプロデュースをする一方で、小室さんは観月ありささんのプロデュースも行うようになったのだそうです。

また、1993年には篠原涼子さんと共に「恋しさと切なさと心強さと」をリリースして200万枚の大ヒットを記録したのだとか。

この他にも小室さんは内田有紀さんなどもプロデュースし、女優などもプロデュースしていたのだそうです。

また、小室さんは1995年にダウンタウンの浜田雅功さんとH Jungle with tとして「WOW  WAR TONGHT~時には起こせよムーヴメント」をリリースして、こちらも200万枚のセールスを記録したのだとか。


スポンサーリンク


さらに、1995年には小室さんも参加したユニットのglobeも結成し、1996年にはシングル「DEPARTURES」が200万枚を売り上げるなど大ヒットしたのだそうです。

その後もアルバム「globe」は400万枚のセールスを記録しているのだとか。

また、小室さんは恋人だった華原朋美さんも1995年にデビューさせていて「I`m Proud」などの楽曲がミリオンヒットを記録し、アルバム「LOVE BRACE」が250万枚の売り上げを記録したのだとか。

さらに、小室さんは90年代には安室奈美恵さんもプロデュースしていて、1995年に「Body Feels EXIT」を提供し、「Chase the Chance」、「Don’t wanna cry」、「You’re my sunshine」、「a walk in the park」がミリオンヒットをして社会現象を巻き起こしているのだそうです。

さらに、安室さんは「SWEET 19 BLUES」の販売が350万枚を記録し、第38回日本レコード大賞を受賞するなどしていたのだとか。

また、1997年には「CAN YOU CEREBRATE?」が229万枚のセールスを記録して結婚式の定番ソングとなったのだそうです。

このように小室さんは多くの歌手をプロデュースしていて高い実績を挙げているのですが、どの歌手も大ヒットを記録していて凄いですよね。

ちなみに、小室さんはこれまでに1億7000万枚のCDセールスを記録しているそうです。

また、そのように小室さんがプロデュースした歌手は小室ファミリーとも呼ばれていたのだとか。

小室ファミリーには歌手以外にも観月ありささんや内田有紀さんなどの有名人や芸人の浜田雅功さん、鈴木あみさんのようなアイドルもいたのだそうです。

また、1997年にはそうした小室ファミリーが集まったTKpresentsこねっとを披露して、さらに大きな話題となったのだそうです。

このように小室さんは数多くの歌手をプロデュースして大成功を収めているのですが、同時にプロデュースを失敗したことがあるとも言われているそうです。

スポンサーリンク


小室さんがプロデュースを失敗したと言われているのは歌手の未来玲可(みくれいか)さんで、1998年に「海とあなたの物語」でデビューしているのだとか。

「海とあなたの物語」は30万枚のヒットをしていたのですが、未来さんはミュージックステーションに出演した時に声が震えたり上ずったりしてしまって、かなりひどい生歌を披露してしまったのだそうです。

なので、それが原因となって未来さんはデビュー4か月で引退しているのだとか。

小室さん自身が失敗したというわけじゃないのですが、小室さんがプロデュースした歌手の中で未来さんは失敗と言われているそうです。

また、小室ファミリーと言われて人気だったhitomiさんも、小室さんにプロデュースされていた時は楽曲がオリコン100位にも入らずにいたのだとか。

なので、次第に小室さんからプロデュースされないようになってしまって、小室さんがプロデュースを失敗したと言われているそうです。

なので、このように小室さんは大成功もしているものの失敗もしているのだとか。

こうしたケースもあったりとしてプロデュースは大成功も失敗もあったようなのですが、小室さんのプロデュースの光と影がヤバイですよね。

現在も小室さんはガールズグループのDefwillをプロデュースしているということで、今後はDefwillが再び大ヒットをしてプロデューサーとして脚光を浴びるかもしれません。

KEIKOさんと浮気し、華原さんも浮気をしたことから破局を迎えて華原さんを捨てた理由が明らかになったと言われた小室さんなのですが、小室ファミリーと呼ばれた歌手などを多くプロデュースして大成功をしたり、失敗をしたりとそのプロデュースの光と影が注目されたのですが、今後もそんな小室さんに注目していきたいですね。

スポンサーリンク

続けて読むならコチラの記事がオススメ!!

・小室哲哉の顔が変わった整形の歴史がヤバイ!?KEIKOに落ちつくまでの女癖の悪さもヤバイ!?

・小室哲哉の子供の数や現在の状況がヤバイ!?年収や自宅や車などの総資産もヤバイ!?

・小室哲哉の若い頃の活躍や昔の顔がヤバイ!?薬や逮捕の裏に隠された衝撃の真相とは!?

・華原朋美の若い頃の活躍や昔の美貌がヤバイ!?兄との泥沼の確執とは!?

・華原朋美が結婚できない理由がヤバイ!?実家や馬術の驚きの実態とは!?

・華原朋美の現在の顔が整形や激太りでヤバイことに!?彼氏からのフラれ方が悲惨過ぎてヤバイ!?

このページの先頭へ