斎藤司の大学や高校などの若い頃がヤバイ!?実家や父や母の驚きの実態とは!?

髪の薄さをネタに自虐的な笑いをとる漫才で人気爆発中の「トレンディエンジェル」ボケ担当の斎藤司さん。

そんな斎藤さんの大学や高校などの若い頃の黒歴史が話題になっています。

また、斎藤さんの実家や両親についても衝撃の事実があるようです。

そこで、ちょっと気になったので調べてみました。

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プロフィール

名前:斎藤 司(さいとう つかさ)
生年月日:1979年2月15日(38歳)
出身地:神奈川県
身長:172cm
血液型:AB型
所属:よしもとクリエイティブ・エージェンシー

2004年:NSC同期生のたかしと「トレンディエンジェル」を結成。
2013年:「オンバト+」第3代チャンピオン。
2014年:「THE MANZAI」で準優勝。
2015年:「M-1グランプリ」で優勝。

斎藤司の大学や高校などの若い頃がヤバイ!?

3月上映の映画「SING」で声優をつとめるなどお笑い芸人の以外の場でも活躍の場を広げている斎藤司さんですが、斎藤さんの幼少期は、今とは全く違い、人見知りで自分から話しかけることが苦手で相手から話しかけられて初めて打ち解ける性格だったようです。

そんな斎藤さんも中学生になり学校イチの美少女・季代ちゃんに恋をして、バレンタインデーにその女の子からチョコレートをもらったことがあるそうです。

ところが、実は季代ちゃんの彼氏が斎藤さんの気持ちを知って季代ちゃんにチョコレートをあげるようにお願いしていた、と後で知った斎藤さんは“人なんて信じるもんじゃない”と以前にも増して人見知りが激しくなっていったのだとか。

そして、公立の中学から私立の日本大学付属高校に進学したのですが、その高校は中高一貫校だったため中学生時代からのグループができあがっていて人見知りだった斎藤さんは会話のきっかけをつかみ損ね、休み時間は自分の机に顔を伏せて眠ったふりをして過ごす日々だったようです。

また、本当は誰かから話しかけて欲しいけど、友達がいないと思われるのもイヤで強がって”俺は俺でやることあるから”という雰囲気をだしていたため、ほとんど誰とも話すこともなく高校生活の3年間が終わったのだそうです。

そのため、斎藤さんにとって高校生活での1番楽しい思い出は、高校からの帰り道にマックに立ち寄り100円バーガーを5個買ってお腹いっぱい食べることだったとか。

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それから、さすがに高校での反省をふまえて自分を変えようと大学デビューを果たした斎藤さんは、サークル活動をしていたかどうかは分かりませんでしたが、髪型を反町隆史さん風にカットし、カラオケではその歌の上手さでそこそこの人気を集め、女の子にも話しかけられるようになったそうですよ。

さらに、女の子と話せるようになり勇気が出たイケメン時代の斎藤さんは19歳でジャニーズ事務所に履歴書も送ったことがあるそうですが、年齢的に遅すぎたのかダメだったとテレビ番組で話していましたね。

また、斎藤さんは年齢の近かったV6の三宅健さんのようなサラサラな前髪にも憧れていて、当時、妹が買っていた『Myojo』に三宅さんのトリートメントの仕方を紹介した記事を読み、必死に真似したそうですがクセ毛のため全く違うヘアスタイルになってしまったそうです。

そこで、なんとかしてサラサラにしようとリンスを頭皮に塗り込んで洗い流さなかったために、薄毛が早まったのかもしれないと若い頃を振り返って語っていたことがありました。

斎藤さんは、中学でのバレンタインデー事件をきっかけに人見知りが激しくなり高校時代はほとんど誰とも話せなかったので、その反省から大学デビューを果たし、斎藤さんの中でもイケメン時代と呼べるような楽しい学生生活を過ごしたようですね。

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斎藤司の実家や父や母の驚きの実態とは!?

神奈川県横浜市出身と言われている斎藤司さんのご両親や、実家での様子など話題になっているようなので調べてみました。

1979年に神奈川県横浜市に生まれた斎藤さんは、外資系パソコンメーカーの一流企業で働くエリートな父親のもと3人兄弟の長男として大切に育てられ、教育熱心な家庭でもあった斎藤家では「将来は東大に入れたい」と学習塾にも通わせもらうなど充実した生活を過ごしていたそうです。

けれど、斎藤さんは高校2年生の時に母親をガンで亡くすという悲しい経験をしていました。

高校生の斎藤さんに「母ちゃんはもう長くないかもしれない」と父親から初めて告げられた時、斎藤さんはお母さんっ子だったこともあり涙が止まらなかったと言います。

そして、斎藤さんのお母さんが乳ガンだと分かったときには、すでに脳へのがんの転移も確認されていて手の施しようが無い状態だったそうですが、元気で活発だったお母さんは最後まで明るく振る舞おうとしていたそうです。

また、高校時代に友人がいないことを斎藤さんは一言も母親には話していなかったものの中学時代の同級生の親から馴染めていない様子を聞いており、密かにとても心配していたことなどを母親のお葬式の後に知り、とても申し訳ない気持ちにもなったようです。

だから、あの時から母親が亡くなった38歳と同じ年齢になった斎藤さんは、今の自分の成功を見て喜んで欲しかったという思いもすごくあるのだとか。

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一方、今の斎藤さんの実家の様子については「KinKi Kidsのブンブブーン」という番組で閑静な住宅街と1台のプジョーが駐車されている様子が公開され、今はもう退職された斎藤さんの父親が出迎えてくれていました。

そして、斎藤さんの部屋は、もうほとんど荷物がなく空っぽな状態で出演者に「ほぼ何も無い」と突っ込まれながらも、棚にはデビュー当時のネタ帳や、よしもとクリエイティブ・エージェンシーの2007年の給与明細があり盛り上がっていましたね。

そこには「構成作家コース7期卒業公演」の2日間の出演料が「1,500円」や、ヨシモト∞ホールでの5月の出演料4回分が「4,000円」などと記載されていたのですが、中でも吉本興業系列会社によるお笑い専門チャンネル『ヨシモトファンダンゴTV』の出演料が「500円」だったという事実が発覚すると、よしもとの給料が安いっていうのはネタでは無く、事実なのだと驚いていました。

中学生から人見知りが激しくなり高校時代はほとんど誰とも話せず、その反省から大学デビューを果たした斎藤さんは、高校生の時に母親をガンで亡くし、今は青葉台の実家で暮らす父親に応援されながら芸能活動に励んでいるようですね。

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