辰吉丈一郎の若い頃の活躍や昔の伝説の数々がヤバイ!?嫁のあばらをへし折る壮絶な結婚生活もヤバイ!?

日本を代表するボクサーと言われているのが辰吉丈一郎さんですよね。

辰吉さんは世界チャンピオンにもなり、そのカリスマ性が当時から大人気でした。

そんな辰吉さんなのですが、若い頃の活躍や昔の伝説の数々が話題になっているそうです。

さらに、辰吉さんと嫁の壮絶な結婚生活にも注目が集まっているのだとか。

そこで、ちょっと気になったので調べてみました。

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プロフィール

名前:辰吉 丈一郎(たつよし じょういちろう)
本名:辰吉 丈一郎(たつよし じょういちろう)
生年月日:1970年5月15日(47歳)
出身地:岡山県
身長:164cm
血液型:B型
所属:大阪帝拳ジム

・1987年:全日本社会人選手権バンタム級で優勝する。
・1989年:プロボクサーになる。
・1990年:日本バンタム級王者になる。
・1991年:WBC世界バンタム級王者になる。
・1993年:WBC世界バンタム級王者に返り咲く。網膜剥離を患う。
・1994年:ハワイで復帰戦を行う。
・1997年:WBC世界バンタム級王者に返り咲く。
・1999年:現役引退する。
・2002年:現役復帰する。

辰吉丈一郎の若い頃の活躍や昔の伝説の数々がヤバイ!?

辰吉丈一郎さんは圧倒的な強さで世界チャンピオンになり、さらに素人の頃から数々の伝説を持っていると言われていますよね。

テレビなどでも辰吉さんのキャラクターが取り上げられて大人気でした。

そんな辰吉さんなのですが、若い頃の活躍や昔の伝説の数々が話題になっているそうです。

では、辰吉さんの若い頃の活躍や昔の伝説の数々とは、一体、どのようなものなのでしょうか。

そこで調べてみると、辰吉さんは10代の頃からボクシングの全日本選手権で優勝をするなど大活躍をしていて、ボクサーになる前にも様々な伝説を持っているのだそうです。

辰吉さんは大阪生まれで中学校を卒業した後に大阪帝拳ジムに入門してボクシングを始めたのだとか。

そして、そのようにボクシングを始めた辰吉さんは1987年にはわずか17歳ながらも全日本社会人選手権バンタム級で優勝し、ソウルオリンピックのボクシング候補にもなったのだそうです。

ただ、体調不良などもあってソウルオリンピックの国内予選で敗退し、その後はアマチュアとして活動していたのだとか。

一時期はジムを離れて活動するなどしていたそうなのですが、アマチュアながらも辰吉さんはメディアにも注目されて関西のスポーツ紙などにも取り上げられていたのだそうです。

そんな辰吉さんのアマチュアでの成績は19選18勝1敗なのだとか。

かなり凄い戦績なのですが、当時の辰吉さんはすでに圧倒的な強さを持っていたことがわかりますね。

また、そんな辰吉さんは1989年にプロデビューして韓国人ボクサーの崔相勉さんをKOし、その後は日本ランカーに対戦オファーを出しても拒否されてしまったのだそうです。

また、わずか3戦目にもかかわらずWBCインターナショナルバンタム級王者のサムエル・デュランと対戦して見事に勝利するなどしているのだとか。

これはノンタイトル戦だったのですが、現役王者に勝利してしまうというのは凄いですよね。

また、その後の辰吉さんは日本バンタム級王者の岡部敏さんをKOし、日本バンタム級のチャンピオンになっているのだとか。

わずか4戦で日本チャンピオンになっているのですが、これは日本王者の最短タイ記録なのだそうです。

その後の辰吉さんはベネズエラのアブラハム・トーレスとノンタイトル戦を行って引き分けるなどして、1991年にWBC世界バンタム級王者グレグリチャードソンに挑戦して見事に10回TKO勝ちを収めているのだとか。

辰吉さんはプロデビューしてわずか8戦で世界チャンピオンになっているのですが、まさに天才ボクサーと言うにふさわしい活躍ぶりですよね。

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その後の辰吉さんは1992年に王座陥落をしたり左手を骨折するなどしていたのですが、1993年に初黒星をつけられたビクトル・ラバナレスと再戦して見事に世界チャンピオンに返り咲いているそうです。

このように辰吉さんはプロデビュー前からボクサーとして大注目されてわずか8戦で世界チャンピンになり、その後も世界チャンピオンに返り咲くなどしているのですが、まさに伝説的なボクサーですよね。

ちなみに、そんな辰吉さんの伝説のKO集などの動画も多く編集されているそうです。

また、昔の辰吉さんはプロボクサーになる前から伝説が多くあって、中学時代には20対1で喧嘩をしたということや、中学生になったばかりの頃に番長を喧嘩で倒したり、また、やくざに絡まれた時にはやくざの車のキーを抜いて走り去ったりと様々な武勇伝があるのだそうです。

これはすべて実話と言われているのですが、凄い伝説ですよね。

このように辰吉さんはプロボクサーとしてはもちろん、素人時代にも伝説のヤンキーとして様々な武勇伝があるのですが、辰吉さんの若い頃の活躍や昔の伝説の数々がヤバイですよね。

世界チャンピオンになっても網膜剥離を患い、手術をした後に日本で試合ができないのでアメリカで試合を行おうとするなど独自の活動もした辰吉さんなのですが、今後も様々な伝説を作ってくれそうですね。

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辰吉丈一郎が嫁のあばらをへし折る壮絶な結婚生活がヤバイ!?

スポーツ選手は様々な面でお嫁さんにサポートをしてもらうことが多いですよね。

なので、お嫁さんとの関係も注目されているのですが、辰吉丈一郎さんとお嫁さんの壮絶な結婚生活にも注目が集まっているそうです。

では、辰吉さんとお嫁さんの壮絶な結婚生活とは、一体、どのようなものなのでしょうか。

そこで調べてみると、辰吉さんは夫婦喧嘩でお嫁さんのあばらを折ってしまったことがあるのだそうです。

辰吉さんのお嫁さんは辰吉るみさんといい、大阪で喫茶店「白千館」を経営しているのだとか。

二人の馴れ初めは、ボクサーになったものの負けてしまって半ば自暴自棄なっていた辰吉さんが、大阪帝拳ジムでるみさんと出会って猛アタックをして交際するようになったのだそうです。

そして、そのように交際するようになった辰吉さんとるみさんはそのまま結婚をしているのだとか。

辰吉さんとるみさんは二人のお子さんをもうけているのですが、るみさんは現在も美人だと評判なのだそうです。

ただ、そんな辰吉さんとるみさんなのですが、ある日辰吉さんが家に帰ってきた時にカーペットにお菓子が散乱していたことがあり、それを見た辰吉さんが激怒してしまったのだとか。

なので、激怒した辰吉さんはるみさんに

「拾え」

と言ったそうなのですが、そのように言われたるみさんは

「私に言わすと見つけたものが拾え!」

と言い返してしまったのだそうです。

そして、そのまま夫婦喧嘩となって辰吉さんはるみさんのあばらを折ってしまったのだとか。

元々、るみさんは女性ながらも大雑把な性格をしていて掃除なども苦手なのだそうです。

なので、そうしたるみさんの普段の生活態度などもあって辰吉さんはキレてしまったようですね。

ただ、辰吉さんがるみのあばらを折ったことはDVだとも言われているそうです。

確かにボクサーの辰吉さんがお嫁さんのあばらを折ってしまうのはDVと言われてしまいますし、これはかなりマズイですよね。

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しかし、そのように言われているものの、これは実際にどのようにしてるみさんのあばらが折られたのかはわかっていないのだとか。

辰吉さんがるみさんにパンチをしてあばらを折ったのか喧嘩をしてもつれ合ってはずみで折れてしまったのかはわからないのですが、辰吉さんとお嫁さんのあばらをへし折るほどの壮絶な結婚生活がヤバイですよね。

ただ、これについてはテレビの収録で明かした話なので、少し話を盛っているのかもしれません。

また、そんな普段の辰吉さんは、るみさんが料理などをしないために自分で料理を作って洗濯をし、家事などをこなしているのだとか。

なので、普段の二人の結婚生活は家事が苦手なるみさんに変わって辰吉さんが家事を行っているようですね。

こうしたことから夫婦喧嘩をすることもあるものの、辰吉さんとるみさんは現在も仲良く暮らしているようです。

伝説のヤンキーと言われて若い頃の活躍や昔の伝説の数々が話題になった辰吉さんなのですが、夫婦喧嘩でお嫁さんのあばらをへし折ってしまったりとその結婚生活が注目されていて、今後もそんな辰吉さんに注目していきたいですね。

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