ビートたけしが事故で失った顔以外の大事なものとは!?滑舌がツービート復活でヤバかった!?

1枚目お笑い界のトップを走り続けているビートたけしさん。

全盛期の時にはビートきよしさんと2人でコンビを組み「ツービート」として活躍していましたね。

ですが、今ではたけしさんはピンの仕事しかしていないため、もともとコンビを組んでいたことすら知らない人もたくさんいるかと思います。

そんなたけしさんですが、以前自損事故を起こし顔面の半分が麻痺するという状態にまでなった過去がありました。

しかしこの事故でたけしさんにとって、顔だけでなく他にもとても大切なものを失ったのだそうです。

さらに、コンビ「ツービート」が復活した際、たけしさんの滑舌がヤバかったとの噂が・・・

そこでちょっと気になったので調べてみました。

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プロフィール

名前:ビート たけし(びーと たけし)
本名:北野 武(きたの たけし)
生年月日:1947年1月18日 (68歳)
出身地:東京都足立区島根出身
身長:168cm
血液型:O型
所属:オフィス北野

1980年:「漫才ブーム」が起こり、コンビ名「ツービート」として知名度を上げる。この時期にツービートとして出演していた「スター爆笑座」の初代司会のせんだみつをと雑談中に代表的ギャグ「コマネチ」が誕生。
1981年:有名バラエティ番組「オレたちひょうきん族」が開始。
1982年:「漫才ブーム」が完全に終息し、タレント「ビートたけし」として活動。
1989年:映画「その男、凶暴につき」にて深作欣二が監督を辞退したため、「北野武」として映画監督としてデビュー。
1997年:映画「HANA-BI」が第54回ヴェネツィア国際映画祭で日本作品として40年ぶりとなる金獅子賞を受賞。
2005年:東京技術大学で新設された大学院映像研究科の特別教授および映画専攻長に就任。
2008年:第30回モスクワ国際映画祭で「特別功労賞」を受賞。

ビートたけしが事故で失った顔以外の大事なものとは!?

2枚目

今となっては知らない人もたくさんいると思いますが、ビートたけしさんは1994年に原付バイクで自損事故を起こし重傷を負ったという壮絶な過去を持っています。

そして事故後は一命を取り留めたそうですが、長期入院が必要となったため、約半年間はテレビへの出演ができなかったのだとか。

その後リハビリに励んだたけしさんは無事テレビ番組へ復帰することができたのですが、やはり事故で重症を負ったためいくつか後遺症が残ってしまいました。

みなさんも気づいているかと思いますが、たけしさんの顔面半分は今も麻痺がとれていないようで、表情の動きに何か違和感を感じることがありますよね。

しかし顔面の半分が麻痺しているのにもかかわらず、たけしさんは記者会見のとき

「芸名を顔面マヒナスターズにします」

と自分の後遺症をネタしてみせたのだそうです。

この麻痺を全面にアピールした記者会見の印象が強いせいなのか、たけしさんのもう1つの後遺症については知らない人がたくさんいるみたいですね。

実はたけしさん、顔面麻痺の後遺症はリハビリによりなんとか治癒したようですが、そのほかに口が歪んでしまう後遺症は残ったままのようです。

なんでも口が歪んでしまっていると、会話をするときに言葉のイントネーションに違和感が出てしまうそうで、伝えたいことが上手く伝えられないという不便さがあるなど、とても厄介な後遺症と考えられているようですね。

このことからたけしさんは、事故によって「しゃべりが命」といわれる芸人としてとても大事なものを失ってしまったことになります。

おそらく、たけしさんにとって今後も必要不可欠なしゃべりに影響が出てしまったことにより、自損事故を起こした当時の自分の行動を後悔し続けることになったのではないでしょうか。

しかし、この内容からみなさんはたけしさんがかわいそうという気持ちが湧いているかもしれませんが、実は事故を起こした当日にお酒を飲んでいたそうで、まだ酔いがさめないうちに愛人のところへバイクで向かっている途中での事故だったようです。

このように飲酒運転の結果が招いてしまった自損事故は、もはや起こるべくして起きたとも考えられますし、きついようですがたけしさんの自業自得とも言えるのではないでしょうか。

そして軽い気持ちで飲酒運転をし、これからの仕事へ支障が出る後遺症が残ってしまったたけしさんですが、それでも腐らずに活躍の場を広げて芸能活動をしているところは見習うべきことかもしれませんね。

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ビートたけしの滑舌がツービート復活のときにヤバかった!?

3枚目

ビートたけしさんは1980年の漫才ブームの頃、お笑いコンビ「ツービート」として大ブレイクしました。

漫才の内容は下ネタが多く、受け入れられない人もいたようですが、当時の漫才からは予想もつかないネタを披露するコンビということもあって、とても人気があったそうです。

しかし、漫才ブームの終息により1982年には単独で仕事をすることが徐々に増えてきてしまったそうで、そこからツービートとして仕事をすることは滅多になかったと言われていました。

ところが2014年に、当時の相方であったビートきよしさんが、たけしさんの所属事務所である「オフィス北野」へ”大型新人”として所属したことにより、かつての漫才コンビ「ツービート」が復活したそうです。

なんと、相方であるきよしさんは、たけしさんの単独の仕事が激増したことがきっかけで1985年には事務所を退社していたそうで、今回はかれこれ約29年ぶりのコンビ復活となりました。

もともとコンビは解散していなかったものの、29年もの間活動休止状態だったことを考えれば、改めてコンビを再結成したといっても過言ではないと思います。

実際にツービート復活後、2人はお笑いライブで即興漫才をするなどして話題を集めたそうで、当時のツービートのファンの人達からするととても嬉しいサプライズだったのではないでしょうか。

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何せツービートとして活躍していた1980年頃の漫才ブームは、約2年で終わってしまったのですから、とても短い期間だけしか、たけしさんときよしさんの漫才を見られなかったということになりますよね。

しかし、そのコンビ復活の喜びもやがて疑問へと変わってしまったのです。

それでは、復活したツービートの漫才を見た人達のコメントをいくつかまとめてみました。

・たけしさんの滑舌で漫才が聞き取れない

・滑舌でおもしろいのかどうかもわからない

・たけしさんが笑っているので、オチなのかと思い笑ってしまった

おそらく、ツービートはたけしさんが事故を起こす前に活動していたことから、後遺症が残った状態での漫才は初めてだったのかもしれません。

このように後遺症による滑舌の悪さからか、たけしさんが漫才で何としゃべっているのか耳に入ってこなかったそうで、ネタが面白いのかどうかもわからない状況だったのだそうです。

たけしさんは才能にあふれているので、漫才の内容は面白かったのかもしれませんが、このコメントを本人が見たら、とてもショックを受けるのではないでしょうか。

今は映画監督やテレビ番組をメインに活躍していますが、たけしさんの本業は漫才師なのですから、1番大切なしゃべりが伝わらないというのは、絶望的だと思われます。

もうかつての漫才をすることはできないたけしさんですが、これからもそのお笑いセンスを活かして芸能活動に取り組んでいってほしいですね。

また当時のような漫才をなんらかの形で披露してくれることを期待しましょう。

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