山口智子が子供を生まない人生を選んだ理由がヤバイ!?実家の旅館の末路が悲惨すぎる!?

画像1現在でも同じベッドで手を繋いで寝ているというほど仲のいい夫婦である山口智子さんと唐沢寿明さん。

この2人はおしどり夫婦として知られながら、お子さんはいないみたいですよね。

どうやら不妊治療をしているとの噂もあったようですが、実は山口さん自身が子どもを生まない人生を望んだそうなのです。

山口さんがその選択をした理由とはいったい何なのでしょう?

また、山口さんの実家の旅館の末路とは?

ちょっと気になったので調べてみました。

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プロフィール

名前:山口 智子(やまぐち ともこ)
戸籍名:唐澤 智子(からさわ ともこ)
生年月日:1964年10月20日(51歳)
出身地:栃木県
身長:170 cm
血液型:A型
所属:研音

1986年:東レ水着キャンペーンガールとしてデビュー。
1987年:アサヒビールのキャンペーンガールにも就任、また東急イングループのパンフレット(総合案内、結婚式用)のモデルを務める。
1988年:NHK連続テレビ小説『純ちゃんの応援歌』でヒロインを務める。
1995年:俳優の唐沢寿明と結婚。
2012年:フジテレビ系列ドラマ『ゴーイング マイ ホーム』で約16年ぶりの連続ドラマ出演。

山口智子が子供を生まない人生を選んだ理由がヤバイ!?

50代とは思えないほど美しく、魅力的な女性でもある山口智子さんは、現在でも夫の唐沢寿明さんとは手を繋いで眠るほど仲がいいのだとか。

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ただ、山口さんは唐沢さんと結婚してから女優業を縮小し、「専業主婦」のような状態になったのにも関わらず、子供がいないために、不妊治療をしているのではないか、実は不仲なのではないか、といろいろ噂されていたみたいです。

そんな中、今年の2月に発売された講談社「FRaU」の3月号で、山口さんはご自身の人生観を語っているそうなのですが、その内容に注目が集まっているみたいですね。

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というのも、実は山口さんはずっと「子供を産んで育てる人生ではない、別の人生を望んでいた」そうなのです。

そして、その道を選択したことについて「今でも一片の後悔はない」と語っているとか。

なんでも、山口さんは特殊な育ち方をしているため、「血の結びつき」というものを全く信用していないらしいのです。

というのも、山口さんは6歳の頃に両親が離婚しており、妹は母親に、山口さんは父親に引き取られ、祖母に育てられることになったとか。

どうやらこの経験が、山口さんの心に大きな空洞を作っていたそうで、山口さんはずっと「親というものになりたくない」と思いながら育ったそうです。

そのため、山口さんは血の繋がりはなくても、人生のパートナーと呼べるような相手を強く求めていたのだとか。

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この山口さんのインタビューは多くの反響を呼んでいるらしく、特に女性からは「こんなにきっぱり言ってくれて気持ちいい」という称賛の声も大きいみたいですね。

おそらく、少子高齢化の現代で「子供を増やそう」という意識がある中、「国のため」じゃない「自分のための生き方」をはっきり主張した山口さんに、女性の支持が集まっているのではないでしょうか。

確かに、子供を生むことでの喜びもあるのかもしれませんが、それだけが人生ではありませんよね!

様々な女性が、自分の生き方を模索するこの時代で、山口さんのこの発言は多くの女性に勇気を与えるのではないでしょうか。

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山口智子の実家の旅館の末路が悲惨すぎる!?

山口智子さんは栃木県出身の方のようですが、実家は江戸時代から続く老舗旅館だったそうで、夫と死別してしまった祖母が女手一つで切り盛りしていたのだとか。

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ちなみに『鯉保』という旅館だったそうで、山口さんの両親である息子夫婦が跡を継ぎ、毎日忙しく働いていたみたいです。

そのため、両親は幼い山口さんを構う余裕がなく、山口さんはずっと祖母に遊んでもらう幼少時代だったそうです。

そんな中、山口さんがまだ6歳のときに両親は離婚されたようですが、祖母から離れたくなかった山口さんは父親の元に引き取られることになったとか。

その後、20歳で祖母の養子に入るほど祖母を慕っていたようですが、山口さんは実家をどうしても継ぎたくなかったみたいです。

もちろん祖母は山口さんに旅館を継いでほしかったみたいですが、山口さんは性格的に客商売が向いていないと感じ、反発心から女優の仕事を始めたようですね。

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結局、旅館の方は、山口さんの父の再婚相手が継いだそうですが、2005年に父が他界し、これによって旅館を廃業してしまったとか。

ちなみに、総額8 億8000万円の債権を抱えていたようで、当時の鯉保のHPには「山口智子の実家です」という紹介文もあったそうです。

確かに、歴史ある旅館が無くなってしまうことは残念に思いますが、幼い頃に両親が大変だった姿を見ているわけですし、山口さんが継ぎたくなかったのなら仕方ないですよね。

ただ、この父の死の際に、山口さんの妹から祖母に「お線香をあげさせてください」との連絡があったみたいです。

そして、これがきっかけとなり、山口さんはそれまでずっと絶縁状態だった母や妹と交流を再開したのだとか。

なんでも、2007年に妹と都内にセレクトショップ『燕子花』をオープンさせ、2008年には個人会社の代表取締役に母を就任させたのだそうです。

また、母と妹のために、都内に3LDK、家賃20万円の部屋を借りてあげたりなど、今までの時間を埋めるように働きかけていたみたいですね。

女優業から引いていた山口さんですが、CMの仕事でかなり稼いでいたようですから、それくらいはポンと援助できたのかもしれません。

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結果として、実家の旅館は廃業してしまったみたいですが、山口さんは女優として大成しているため誰かが路頭に迷うことはないのではないでしょうか。

山口さんには今後も自分の考えやスタイルを貫いていってほしいと思います!

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