大沢樹生の昔の活躍がヤバイ!?諸星和己との確執の驚きの真相とは!?

%e7%94%bb%e5%83%8f%e2%91%a0幅広い年代から高い認知度を誇っている伝説的なアイドルグループ、光GENJIの元メンバーとして大活躍していた大沢樹生さん。

大沢さんといえば喜多嶋さんとのできちゃった結婚や息子さんのDNA関連の話題など、光GENJIを辞めた後にも話題には事欠かさない存在ですよね。

そんな大沢さんですが、やはり全盛期の光GENJI時代の活躍がすさまじかったとの情報があるのですが、その実態とは!?

また、メンバーの諸星和己との確執に関する驚きの真相とは!?

そこで、ちょっと気になったので調べてみました!

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プロフィール

名前:大沢 樹生(おおさわ みきお)
生年月日:1969年4月20日(47歳)
出身地:東京都
身長:177 cm
血液型:A型
所属事務所:ミキオオフィス

1982年:姉がジャニーズ事務所に履歴書を送ったことをきっかけにオーディションを受け、見事に合格。
1983年:イーグルスのメンバーとしてレコードデビュー。しかし、その後同グループは後に自然消滅。
1987年:内海光司と共に光GENJIのメンバーとして再びレコードデビューを果たす。
1994年:佐藤寛之と共に光GENJIを脱退し、ジャニーズ事務所を退社。翌1995年に個人事務所「サクセス」とファンクラブ「MOST」を立ち上げる。
1996年: 喜多嶋舞とできちゃった結婚をするが、2005年に離婚。
2008年:一般女性と再婚。2014年には一女をもうける。

大沢樹生の昔の活躍がヤバイ!?

大沢樹生さんといえば、世代を問わず人気を集め、解散した今でも若い世代に認知されている伝説的なアイドルグループ光GENJIのメンバーとして高い知名度を誇っています。

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正統派のイケメンとしてデビューしており、デビュー当時のキャッチフレーズは

「目で殺す」

だったのだそうです。

確かに、そのキャッチフレーズはきりっとした眉毛と目力を感じさせる鋭い眼光を端的に示しているかもしれません。

そんな大沢さんですが、光GENJI時代の活躍がすさまじいものだったと話題になっているようです。

そこで調べてみたところ、まず大沢さんは光GENJIとしてデビューする前に「イーグルス」という別のユニットでレコードデビューしていたみたいですね。

こちらのグループで、後に光GENJIで一緒に活動をすることとなる内海光司さんと出会っていますが、グループとしてはあまり目立った活躍はできず、残念なことに自然消滅してしまいました。

その後、光GENJI結成の1987年までテレビドラマや映画への出演を重ねていきますが、驚くべきことに1982年のデビューから毎年どこかのクールで必ずテレビドラマに出演しているようなのです。

光GENJIとしてデビューする前からこれだけ引っ張りだこの状態だったようなので、デビュー後はどのようになってしまうのでしょうか。

そこでさらに調べてみたところ、1987年8月19日に光GENJIから再デビューし、見事にデビュー曲がオリコンの一位を獲得しました。

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当時のデビュー曲のジャケットでは半裸の少年が並んでいる姿が話題を集めていたといわれています。

ちなみに、大沢さんは写真奥の左側になりますので、スモークでほとんど姿が見えていませんね。

その後は光GENJIとして音楽番組に多数出演し、またテレビドラマや映画への出演も重ね、名実ともにトップアイドルの道を駆け上がっていきました。

光GENJIとしての活躍が多いのですが、いくつか記載しますと、

・デビュー翌年のオリコンシングル1~3位を独占。

・1988年のレコード大賞を受賞(通常では新人賞を受賞するが、一足飛びに対象を受賞)。

・光GENJIのメンバーがテレビの夜間番組へ出演するための通達が国から出た。

・違法な海賊商品が出回ったため、公式グッズ販売を目的としたジャニーズショップがオープン。

この中でも特筆すべきは、国からの通達かと思いますが、当時、夜間番組では13歳までの児童については午後8時から午前5時まで、満18歳にならない者は午後10時から午前5時までの労働は労働基準法において例外なしに禁止をされていました。

しかし、国からの「芸能タレント通達」によって、

「歌唱や演技など他人に代替できない才能をもっている」

「一般労働者のような雇用契約を結んでいない」

などの諸条件を満たす場合は例外とされることが決まりました。

どうやら、光GENJIの年少者をミュージックステーション等に出演させるためのものだったようで、その影響からこの通達は別名「光GENJI通達」とまで言われているのだそうです。

まさか国から通達が出るほどまでとは思いませんでしたが、すさまじい人気だったのは事実のようですね。

ちなみに、大沢さんは光GENJ解散の一年前になる1994年に同グループのメンバーである佐藤寛之さんとともにグループを脱退しました。

その理由として、光GENJIが挑戦的な活動を辞め、かつての成功パターンを繰り返すだけになってしまったことや俳優としての基礎が足りない自分が光GENJIに所属しているという事実だけでドラマなどで主演を務めることになり、実力派の役者が脇役になってしまう事実にコンプレックスを感じたからと話をしていました。

これだけの人気を誇ったグループを脱退することにはかなりの勇気が必要だったと思いますが、それだけ自分に未熟なところがあると痛感していたのかもしれませんね。

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大沢樹生と諸星和己の確執の驚きの真相とは!?

解散から15年以上経った今でも伝説として語り継がれ、不世出のアイドルグループとまで言われた光GENJIに所属していた大沢樹生さん。

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デビュー当時から全盛期までの人気の様子はご存知の通りかもしれませんが、その光GENJIの中でも抜群の人気を誇っていた諸星和己さんとの確執に驚きの真相があったことを知っていましたか?

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「かーくん」の愛称で親しまれた諸星さんは、光GENJI内でもダントツの人気を誇っており、音楽番組等に出演する際には必ず諸星さんから話をしていました。

親しみやすい笑顔や話しやすい雰囲気も相まって高い人気を誇っていた諸星さんに対して、端正な顔立ちと鋭い眼光からヒール的な立ち位置に収まりがちだった大沢さんではやはり合わない部分も多かったようで、とある番組内で

「水と油なので交われるわけない。仲が悪かったのは本当です。」

と大沢さんが話し、諸星さんも

「顔がタイプじゃない。見た目が嫌いなんです。」

と話をしていました。

もちろん、幾分か冗談が混じっているとは思いますが、本音も含まれているように感じます。

事実、光GENJI解散後に二人が連絡を取り合ったのは18年後のようですし、二人の間の溝を埋めるにはそれだけの時間を要したことが何よりの証明なのかもしれません。

しかし、現在でもその確執が続いているのかといえば、必ずしもそのようではないみたいで、大沢さんが自身主演で初監督となる作品への出演オファーを諸星さんにしており、そのオファーに口では嫌と言いつつも諸星さんは喜んでオファーを受けたのだそうです。

また、映画の会見の際には諸星さんから大沢さんに対し、映画監督として賞賛を送っていたようですし、嫌いつつも認め合っている一種の「戦友」に近い状態なのかもしれませんね。

光GENJIのファンからすれば、確執を乗り越え、戦友としてともに活躍する姿を見られて感動ものだったのではないでしょうか。

そんな大沢さんですが、現在は2014年に生まれた娘さんがかわいくて仕方がないようで、娘さんを乗せるための自転車を購入したという情報を自身のブログにアップするなど、幸せな様子をうかがい知ることができます。

一児の父として、また俳優としても輝きを増していく大沢さんの今後の活躍から目が離せませんね!

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